迷子のシンデレラ

 葉山は軽く会釈をすると打ち合わせブースの方へ歩いていく。
 その後ろ姿はスマートな出で立ちで総務課の女性が騒ぐのも頷ける。

 スーツはシンプルながらも仕立ての良さを感じる上質なもの。
 ただ歩いて行くだけの身のこなしさえも育ちの良さが滲み出ていた。

 女性社員の中で誰がお茶出しに行くのか、じゃんけん大会が始まっている。
 智美はそれを横目に休憩室へと足を向けた。

 戸惑う心をとにかく沈めたかった。

 なくなってしまった指輪。
 心の拠り所だった指輪を確かめるように胸元の辺りで両手を握り締める。

 コーヒーを買っていると恵麻も休憩室に顔を出した。

「お疲れ」

「うん。お疲れ」

 恵麻も智美と並んでコーヒーを買った。
 同じ自販機が並ぶ休憩室前は三時付近になると休憩する人も多い。

 その場で豆を挽いてドリップするタイプのコーヒーは社内でも人気だ。

 コーヒーが出来上がるまでランプが順番に点灯していくのを無心で眺めた。
 いや、無心で眺めていたかった。
 心の中は嵐が吹き荒れていて、平静を保つのがやっとだった。

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