胎動
あたしはゴクリと唾を飲み込み、広間に背を向けて歩き出した。


誰かに見られているという感覚が、体中に絡み付く。


その正体を探らないといけないのに、恐怖に支配されてしまった。


物音1つ聞こえない山の中なんておかしい。


どこかに生き物がいるはずなのに、その姿もどこにもなかった。


まるでみんなが静かにあたしのことを見ているような、得体の知れない気持ち悪さが全身を覆い尽くして行く。


早足に下山し、フェンスの前で立ちどまる。


その頃にはもう太陽は傾きかけていた。


息を切らしながらどうにかフェンスを乗り越えて、ようやく息を吐きだした。


それでも寒気は止まらない。


あたしは投げ出していた鞄をひっつかむと、逃げるようにその場を後にしたのだった。
< 77 / 231 >

この作品をシェア

pagetop