マイ・ディア・タイガー
先輩の隣は、いつも緊張する。
だけど今日は、緊張よりも先輩の事が気になって仕方なかった。
こういう時、なんて声を掛ければいいんだろう。
会話が苦手でボキャブラリーが少ないって、本当に困る。
「…先輩、痛みはどうですか?」
「あー、まあ痛いっちゃ痛いけど、そんな大した事はない」
「そうですか…」
本当に?
我慢して、無理してないですか?
あの日見た先輩の姿が忘れられない。
初めてあんな風に弱っている先輩を見た。それがあまりにも衝撃的だった。
先輩は常に自分に厳しい人。
優しくて、強い人。
私は厳しさの中に優しさがあるのを知っているし、中学生の時はそれに支えられていた。
私だけじゃない。
後輩も、先輩とチームメイトだった先輩達も、先輩の周りにいる人はきっと皆そうだった。
だけど、そんな先輩の事は誰が支えるのだろう。
先輩が辛い時に辛いと、怖い時は怖いと言える場所はあるのだろうか。
たまには弱音を吐ける場所はあるのだろうか。
「あー、何か気使わせて悪いけど…まじ大した事ねーし大丈夫だから。大学も普通に受験しなきゃだし、そろそろ本腰入れねーと。まあ、ケガしたのは…運も実力のうちって言うし」
「何言ってるんですか、先輩」
「四條?」
「先輩の今までの努力は、運なんかじゃ片付けられないでしょう」
馬鹿だ、私。
そんなの言わなくても、先輩が一番思ってるはずなのに。
こんな事言っても、先輩の気がまぎれるわけないのに。
「…何で四條が泣いてんの」
先輩が、困った様に笑った。
先輩に言われて私は自分が泣いている事に初めて気づいた。そして先輩のその顔を見て、もっと泣けた。
「……先輩、辛い時は辛いって言ってください。悔しい時くらい、怒ってください。悲しい時は、泣いてもいいんです」
中学生の頃、部活でどんなに先輩が厳しくても、泣きそうになった事は何度もあるけど、泣いた事は一度もなかった。
乗り越えたら、優しくはないけど、いつも先輩はちゃんと褒めて、認めてくれたから。