Shooting☆Star
ミズホは、秀のファンらしい。秀のイメージカラーである紫色の、リボンとスカート。
鞄からモールのついた大きな団扇がはみ出している。
鞄に付けたいくつものキーホルダー。そのうちのひとつは、紫色のティディベアがS☆Sのマークである6色の尾を引いた金色の星のモチーフを抱えている。公式には無いものだ。どうやら手作りらしい。
歳は20代だろうか……30代と言われても不思議じゃないが、大人びた少女にも見える。
着信音がして、慌ててスマホを取り出す。祐樹からだった。
ごめん、ちょっと、出るね。と、彼女を振り返り、通話のボタンを押す。
「どうしたの?」
「モモ、大丈夫?何かあったの?」
「何もないよ、大丈夫。」
端末から漏れ聞こえる声は、隣の彼女に聞こえるのだろうか……?
立った方がいいかな?百香はそう思ったが、何も知らない電話の向こうの祐樹は気にせずに喋り続ける。
「本当に?さっき救護がどうとか聞こえたけど、モモ、無理してない?」
「ああ、それはね、ちがうの。とにかく、私は大丈夫だから。先にリハの準備してて。」
そう言って、通話を切る。
隣を振り返り、もう一度「ごめんね」と謝ると、
「祐樹くん、優しいんですね」と、ミズホが地面を見たまま呟いた。
「そうね……」
そのまま二人とも黙って地面を見つめる。
確かに祐樹は誰にでも優しい。優しいというか、他人への加減を知らないから、何でも相手に訊いてしまう。何を求めている?どうしたい?どう思う?
祐樹のコミニュケーションにおいて、相手の感情を差し測ることは不用だ。「オレはこう思ってる、お前はどう思う?」繰り返して相手を知ろうとする。
間が持たないな……と思うのと、白衣を羽織ったスタッフが出てくるのは同時だった。
「百瀬さん……。あの、ごめんなさい。本当は、出待ちとか駄目なのに。なのに助けていただいて……。ありがとうございます。」
今度ははっきりとした声で礼を言うミズホに、百香は微笑んだ。
「ダメだとわかっているなら、今後はやめておいた方が良いわ。秀くんは顔を覚えるのが得意なの。それがどういう意味かは、あなたなら、わかるよね。」
そう言って、百香は差していた日傘を彼女に渡すと立ち上がる。
秀はルールを守らない相手にはファンサービスをしない。それが握手会などであってもだ。
それでも一部のファンは、秀はクールだからファンサ無しの塩対応が当たり前と、勝手に盛り上がっているが、彼女達は自分が避けられていることに気付かないだけだ。
百瀬は救護のスタッフに、彼女の様子を耳打ちすると、最後に日傘を回収するのを忘れずに、と頼む。
「ミズホさん。体調、時間までによくなるといいね。コンサート、いっぱい楽しんでいって。」
小さく手を振ると背を向けて通用口へと戻る。
その後ろ姿に「やっぱりアレ、あのマネージャーじゃん。」と集まって話す声が刺さるが、百香はそれを聞こえない振りをして、静かにドアを開けた。
楽屋へと続く廊下を歩きながら、あの子は何を言いたかったのだろう?と思う。
礼ではなく、何か、言いたそうだった。
言いたそうだし、訊きたそうにも見えた。
まあ、ファンがアイドルのマネージャーに訊きたいことなんて、たくさんあるだろう、きっと。
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