Shooting☆Star
近くのカメラが慌ててセットの傍に居た百香を映す。
咄嗟に持っていたファイルで顔を隠すが、駆け寄ってきたADに腕を掴まれる。
「ちょっと、待って!ムリ……」
抵抗する百香を、気弱そうなADが「すいません、逆らえないんで。すいません。」と、言いながら、セットの中に押し出した。
「はい、モモちゃん、ここ座って。」
ADが用意した椅子をゲスト席とホストの間に設置して、宮本さんが百香の肩に両手を乗せて座らせようとする。
その仕草はとても紳士的だが、有無を言わさない空気がある。
百香は抵抗するのを諦めて、ファイルで顔を覆ったまま促されて椅子に座った。
甲斐さんの腕から逃れた祐樹とダイチが、百香とカメラの間に立って宮本さんに抗議する。
「これダメでしょ、事務所的に。番組的にも。」
しかし宮本さんは、涼しい顔をして、ADからカンペを取り上げて見せた。スケッチブックに太いマジックペンで「事務所OKでました」と走り書きされている。
ダイチは視線だけで、セット傍に控えたもう一人のマネージャーの姿を探すが、当の本間さんは申し訳なさそうな顔をして、両手で大きな丸を作る。
「……マジか。」
圭太と弘也がカメラにむかって「ヤバいやつは全部編集お願いしますね!!」と、両手でチョキチョキと何かをカットする仕草をする。
拓巳と秀は観覧席に向かって人差し指を立て、内緒話のポーズを取る。
もともと、この番組の観覧はオンエア後も編集前の内容を他言しないことを約束するようサインを求められる。
事務所の許可が降りたということは、番組ディレクターの判断でNGさえ無ければ、何をオンエアしても構わないと社長がOKしたということだろう。
「一旦、カットしてCM入れまーす!」
CMという声に、スタジオ全体がざわざわとする。
スタッフが駆け寄って、百香の服の襟にクリップのようなマイクを付ける。コードを背中から服の中に通して、小さな機械をスカートのベルトに固定する。
いつの間にか側に立っていた本間さんが、百香からファイルを受け取り、顔を覗き込みながら「大丈夫?」と声をかけた。
「どうしよう……。」
本間さんは青い顔をする百香を落ち着けるように「大丈夫。みんなついてる。」と、背中をさする。
祐樹が黙って百香の手を握る。
百香の細い指先は酷く冷たかった。
その手を握り返して、顔を上げ百香はダイチの姿を探す。
ダイチが、宮本さんと甲斐さんと何やら話しているのが見えた。
「ねえ、ユウくん、これは……なんだろ……仕事なのかな……?」
「多分な。」
「そっか……。じゃあ、ちゃんとしないとだね。」
百香は祐樹の顔を見上げる。
祐樹はダイチを眺めながら、呟いた。
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
想定外すぎる。
ふと、何年か前に先輩達が言っていた「もっさんにカメラの前で身包み剥がされたら一人前。あの人、悪魔みたいだけど、気に入った人はそうやって助けてくれるから。」という言葉を思い出す。
身包み剥がされるって、こういうことかよ……。
ボロが出ませんように……。
百香と顔を見合わせて肩をすくめる。
本場再開しまーす!3、2、1……ADがカメラの前のカンペを外し、収録が再開する。
「さて、改めて。モモちゃん、自己紹介からお願いします。」
「S☆Sチーフマネージャーの百瀬です。……あの、宮本さん、これ、必要ですかね?私。」
「必要、必要。祐樹はぐらかすからさぁ。」
「えっ!?悪いのオレ!?」
百香は立ち上がった祐樹を振り返り、苦笑する。
「モモちゃん、あんなののどこがいいの?」
「ちょっと、あんなのって!!オレ、本人、ここにいるんですけど!!」
「ちょっと祐樹くーん。うるさいよー!外野黙っててー!」
甲斐さんに外野と言われ、祐樹は不満そうに座り直すと足をプラプラさせた。
子供みたいだな、と百香は思う。
叱られてふて腐れる子供みたいだ。
優しいとか、純真だとか、祐樹のイメージを壊さないように気を配りつつ、適当に答えながら、早くこの時間が終わらないかな……?と、思う。
「いつから付き合ってるの?」と、訊かれて、思わず祐樹とダイチを振り返る。
そんなの考えてない!
咄嗟にダイチが「さん」と、口パクで指示する。
「えっと……さん…三年くらい……ですかね?」
「みんな、よく気付かなかったよね?」
「そう、ですよね……?」
自分で言ったのに、ついつい釣られて百香も疑問系になってしまう。
無理がありすぎる。
「いや、案外わからないですよ。現場じゃ仕事の話しかしないし、みんなそれぞれ仕事もバラけてること多いんで。」
秀が助け船を出すように口を挟んだ。
「そういえば、ダイチ君は一緒にいたけど、あれは当然、知ってたんでしょ?」
「俺だけ知ってました。まあ、ちょっと前に彼女を通して知ったんですけどね。」
「え?彼女ってあの彼女だよね?大人の事情で名前は言えないけど。何で彼女が先に知ってたの?」
ダイチは宮本さんが食い付いて矛先が自分に向くようにと、話題を投げる。
「百瀬と仲良いんですよ、彼女。」
えっ、そうなの?と、宮本さんが百香に訊く。
「はい。えっと、子供の頃からの知り合いで……親同士も仲良くて。妹みたいな感じというか……一緒にお風呂入ったり、オムツ変えたこともあります。」
「えー!そうだったの!?」
「そうなんです。実は、私も先日、事務所に送られてきた週刊誌みて、えぇぇ!?みたいな。」
「ああ、あの、ダイチのお泊りデート?」
「そうそう、ダイチ君が撮られたことよりも、相手にびっくりして。それで、まあ、そんな話をしてた時に、実は……祐樹くんと……。」
百香の発言に被せるようにダイチが後を引き継ぐ。
ダイチは芝居をしている時の顔で、アドリブで話し始めた。
「あの時、すごい勢いで電話あって。このタイミングでマネージャーから鬼電とか、絶っ対、怒られるやつじゃないですか。普通。ツアー前だし。流石にヤッベェって、思って。俺すっごいビビりながら電話出たら、“ちょっと私、聞いてないんだけど!うちの可愛いお嬢ちゃんに何やってんの!?”って。完全にオカンですよ、あれ。」
「オカン!!」
完全にオカンという言い回しが気に入ったのか、宮本さんは崩れ落ちるくらい笑って、「モモちゃん、自分の担当が撮られたことよりも、そっちが大きかったんだ」と、涙を拭きながら膝を叩く。
その後、話題はダイチが百香に怒られたことに終始してトーク終了の時間になった。
番組ではこの後、歌パートが入るが、それは既に収録が終わっている。
咄嗟に持っていたファイルで顔を隠すが、駆け寄ってきたADに腕を掴まれる。
「ちょっと、待って!ムリ……」
抵抗する百香を、気弱そうなADが「すいません、逆らえないんで。すいません。」と、言いながら、セットの中に押し出した。
「はい、モモちゃん、ここ座って。」
ADが用意した椅子をゲスト席とホストの間に設置して、宮本さんが百香の肩に両手を乗せて座らせようとする。
その仕草はとても紳士的だが、有無を言わさない空気がある。
百香は抵抗するのを諦めて、ファイルで顔を覆ったまま促されて椅子に座った。
甲斐さんの腕から逃れた祐樹とダイチが、百香とカメラの間に立って宮本さんに抗議する。
「これダメでしょ、事務所的に。番組的にも。」
しかし宮本さんは、涼しい顔をして、ADからカンペを取り上げて見せた。スケッチブックに太いマジックペンで「事務所OKでました」と走り書きされている。
ダイチは視線だけで、セット傍に控えたもう一人のマネージャーの姿を探すが、当の本間さんは申し訳なさそうな顔をして、両手で大きな丸を作る。
「……マジか。」
圭太と弘也がカメラにむかって「ヤバいやつは全部編集お願いしますね!!」と、両手でチョキチョキと何かをカットする仕草をする。
拓巳と秀は観覧席に向かって人差し指を立て、内緒話のポーズを取る。
もともと、この番組の観覧はオンエア後も編集前の内容を他言しないことを約束するようサインを求められる。
事務所の許可が降りたということは、番組ディレクターの判断でNGさえ無ければ、何をオンエアしても構わないと社長がOKしたということだろう。
「一旦、カットしてCM入れまーす!」
CMという声に、スタジオ全体がざわざわとする。
スタッフが駆け寄って、百香の服の襟にクリップのようなマイクを付ける。コードを背中から服の中に通して、小さな機械をスカートのベルトに固定する。
いつの間にか側に立っていた本間さんが、百香からファイルを受け取り、顔を覗き込みながら「大丈夫?」と声をかけた。
「どうしよう……。」
本間さんは青い顔をする百香を落ち着けるように「大丈夫。みんなついてる。」と、背中をさする。
祐樹が黙って百香の手を握る。
百香の細い指先は酷く冷たかった。
その手を握り返して、顔を上げ百香はダイチの姿を探す。
ダイチが、宮本さんと甲斐さんと何やら話しているのが見えた。
「ねえ、ユウくん、これは……なんだろ……仕事なのかな……?」
「多分な。」
「そっか……。じゃあ、ちゃんとしないとだね。」
百香は祐樹の顔を見上げる。
祐樹はダイチを眺めながら、呟いた。
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
想定外すぎる。
ふと、何年か前に先輩達が言っていた「もっさんにカメラの前で身包み剥がされたら一人前。あの人、悪魔みたいだけど、気に入った人はそうやって助けてくれるから。」という言葉を思い出す。
身包み剥がされるって、こういうことかよ……。
ボロが出ませんように……。
百香と顔を見合わせて肩をすくめる。
本場再開しまーす!3、2、1……ADがカメラの前のカンペを外し、収録が再開する。
「さて、改めて。モモちゃん、自己紹介からお願いします。」
「S☆Sチーフマネージャーの百瀬です。……あの、宮本さん、これ、必要ですかね?私。」
「必要、必要。祐樹はぐらかすからさぁ。」
「えっ!?悪いのオレ!?」
百香は立ち上がった祐樹を振り返り、苦笑する。
「モモちゃん、あんなののどこがいいの?」
「ちょっと、あんなのって!!オレ、本人、ここにいるんですけど!!」
「ちょっと祐樹くーん。うるさいよー!外野黙っててー!」
甲斐さんに外野と言われ、祐樹は不満そうに座り直すと足をプラプラさせた。
子供みたいだな、と百香は思う。
叱られてふて腐れる子供みたいだ。
優しいとか、純真だとか、祐樹のイメージを壊さないように気を配りつつ、適当に答えながら、早くこの時間が終わらないかな……?と、思う。
「いつから付き合ってるの?」と、訊かれて、思わず祐樹とダイチを振り返る。
そんなの考えてない!
咄嗟にダイチが「さん」と、口パクで指示する。
「えっと……さん…三年くらい……ですかね?」
「みんな、よく気付かなかったよね?」
「そう、ですよね……?」
自分で言ったのに、ついつい釣られて百香も疑問系になってしまう。
無理がありすぎる。
「いや、案外わからないですよ。現場じゃ仕事の話しかしないし、みんなそれぞれ仕事もバラけてること多いんで。」
秀が助け船を出すように口を挟んだ。
「そういえば、ダイチ君は一緒にいたけど、あれは当然、知ってたんでしょ?」
「俺だけ知ってました。まあ、ちょっと前に彼女を通して知ったんですけどね。」
「え?彼女ってあの彼女だよね?大人の事情で名前は言えないけど。何で彼女が先に知ってたの?」
ダイチは宮本さんが食い付いて矛先が自分に向くようにと、話題を投げる。
「百瀬と仲良いんですよ、彼女。」
えっ、そうなの?と、宮本さんが百香に訊く。
「はい。えっと、子供の頃からの知り合いで……親同士も仲良くて。妹みたいな感じというか……一緒にお風呂入ったり、オムツ変えたこともあります。」
「えー!そうだったの!?」
「そうなんです。実は、私も先日、事務所に送られてきた週刊誌みて、えぇぇ!?みたいな。」
「ああ、あの、ダイチのお泊りデート?」
「そうそう、ダイチ君が撮られたことよりも、相手にびっくりして。それで、まあ、そんな話をしてた時に、実は……祐樹くんと……。」
百香の発言に被せるようにダイチが後を引き継ぐ。
ダイチは芝居をしている時の顔で、アドリブで話し始めた。
「あの時、すごい勢いで電話あって。このタイミングでマネージャーから鬼電とか、絶っ対、怒られるやつじゃないですか。普通。ツアー前だし。流石にヤッベェって、思って。俺すっごいビビりながら電話出たら、“ちょっと私、聞いてないんだけど!うちの可愛いお嬢ちゃんに何やってんの!?”って。完全にオカンですよ、あれ。」
「オカン!!」
完全にオカンという言い回しが気に入ったのか、宮本さんは崩れ落ちるくらい笑って、「モモちゃん、自分の担当が撮られたことよりも、そっちが大きかったんだ」と、涙を拭きながら膝を叩く。
その後、話題はダイチが百香に怒られたことに終始してトーク終了の時間になった。
番組ではこの後、歌パートが入るが、それは既に収録が終わっている。