Shooting☆Star
その頃、ダイチは自分を過信していた。
勿論、そんな自覚など全くなかったが。
30も後半に入り、ただ名の売れたアイドルだからではなく、役者としての評価も安定していると思っていた。事実、ダイチの出演するドラマは何れも視聴率が高く、映画に出れば賞を取ることも多い。
だから、その日も、今更オーディションなんて……と、随分醒めた気持ちで監督の前に立ったのだ。
結局、その場で、名前も聞いたことの無いような若い俳優に主演は決まり、ダイチはその同僚として申し訳程度に出演することになった。
次の仕事の付き添いにと会場に迎えに来た百香に、ダイチは簡潔に結果を告げる。
百香は「そう……」と言って少し考える顔をしてから、
「残念だったね。でも、私は、ダイチが無理しないのが一番だと思う。」
と、微笑む。
メンバーはみんな、百香の微笑みを“お母さんの笑顔”と言う。
ダイチには今迄、それがよく分からなかったが、確かに今の百香の微笑みは母親が子供に向ける表情に似ている。
百香は最初から、ダイチになんの期待もしていない。
それどころか、メンバーの誰にも何も期待していない。
百香は他のマネージャーのように、何かをさせようとか、なんとかして結果を出させようとか、発破をかけるような行動に出ることもなければ、大袈裟に褒めたりおだてるようなことはしなかった。
ただ、仕事として、それぞれの目指すものを淡々と支えるだけだ。
結果を出せば喜ぶこともするが、失敗してもそれが現状のベストだとすれば、それで幻滅することもない。

その晩、行きつけのバーのカウンターで一人でウイスキーを飲みながら、ダイチは不意に百香の笑顔を思い出した。
いつもの微笑みではなく、時々、楽しそうにふわふわと笑ってみせるその姿を。
「“お母さんの笑顔”じゃなくて、笑った顔が見たいな……」と、呟いて、おそらく自分は百香を喜ばせたかったのだということに気づいた。
本当は、良い結果を一番に百香に知らせたかったのだ。
笑顔で「よかったね。」って言って欲しかった。
仕事とはいえ、近くに居る時間が長過ぎて、それが当たり前だと思っていた。
一度当たり前だと思うと、気付かないこともある。
それまでぐるぐると自分の中に渦まいていた悔しいとか、しくじったとか、そんな気持ちよりも、ただ、漠然とあの笑顔に会いたいと思った。
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