Shooting☆Star
「百香さん、私……」
病院の帰り道、そう言って黙り込んだ茉莉子を見て、百香は溜め息をついた。
「社長に報告するわ。あなたも自分の会社に報告しなさい。」
「やっぱり言わなきゃダメですか……」
「マリちゃん。妊娠ってね、いつまでも隠せるものじゃない。だから、その子を産みたいなら、会社には報告すべきだわ。」
百香はキッパリと言い放つ。
「多分、仕事を諦めるか、堕胎するかの選択を迫られるでしょうけど。産みたいのなら、辞めればいいわ。生活はヒロがなんとかするんでしょ?」
茉莉子は芸能界での仕事を諦めきれずにいた。それもそうだ、両親と縁を切ってまで叶えたかった、やっと掴み掛けたばかりの夢だ。
並んで歩く二人を後ろから眺めながら、弘也は百香の遠慮ない物言いに、助けられる気持ちになる。
「今後、通院はヒロが付き添って。しばらく、貴方達はお互いの事だけ考えればいいわ。二人とも世間に何を言われても、決して間に受けちゃ駄目よ。」
振り返った百香にそう言われて、弘也は黙って頷いた。

今、思えばこの時、百香は既に色々な覚悟をしていたのだろう。

弘也の報告を聞いて社長は溜め息をついた。
「彼女が子供を産むのは勝手だけど、結婚はダメよ。どうしてもというなら、事務所は辞めてもらうわ。」
まあ、そうなるよな。と、弘也は思う。
社長が結婚を反対するのは想定の範囲内だ。
仕事か彼女か選べと言われて、弘也は仕事を辞めるつもりだった。
ところが、その決断に猛反対したのは百香だった。
百香は、妊娠を隠して婚約発表をしようと提案する。
離れるファンは居るだろう、でも、弘也が辞めてしまうよりは、ずっとマシ。弘也のキャラクターなら、きっと大丈夫。
それに、弘也は今年26歳だ。10代の頃から芸能活動をしていて他のことを知らない。今更、すぐに普通の仕事を探すのは難しいだろう。仕事は減るだろうが、この仕事を続ける方が賢明だと思う。
百香はそう言い切る。
百香の提案を、弘也は有り難いと思う、だが、正直それは現実的ではないだろうな、とも思った。
「百瀬、貴女ならよく分かっているでしょう?世の中は、そんなに上手くいかないものよ。」
社長は百香を見つめて「きっとまた上手くいかないわ。」と小さな声で繰り返す。
「それは、あなたが失敗しただけでしょう!?」
珍しく感情的に声を荒げた百香を、社長が一喝する。
「百瀬!いい加減にしなさい!」
それでも諦めきれない様子の百香は、少しの沈黙のあと、失敗しませんと、呟いた。
「……私は、失敗しません。絶対に。……弘也とマリちゃんは、私が守ります。駄目だと言うのなら、私もここを辞めます。二人の付き合いに目を瞑っていた私にも、マネージャーとしての責任がありますから。」
その目は、社長の顔を真っ直ぐに見ていた。
社長は黙って天井を仰いで、それから口を開かなかった。
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