偶然でも運命でもない
12.弱点
券売機にICカードを突っ込む。
定期券の更新ボタンを押す。
学生、3カ月。
これが、最後の更新だ。
乗車区間を確認して、表示された金額を券売機に投入する。
財布から取り出した数枚の小銭とお札を、ランプの点灯する投入口に差し込む。
その瞬間。
「…!!!!」
後ろから脇腹を掴まれて、大河は声にならない声を上げた。
こんなことをするのは、一人しか知らない。
「海都!おまえ、いい加減にしろよ!!」
怒鳴りながら振り返ると、そこにいたのは響子だった。
「あっ。」
「…………ごめんなさい……。」
「いや、なんか、俺も、ごめん……。」
響子は真っ直ぐに大河を見上げていた。
見開いた瞳、怯えるように、小さく肩を震わせて。
「私、そんなに、驚くと思わなくて……。」
唇をぎゅっと噛むように閉じると、彼女はそのまま、下を向いてしまった。
後ろで、券売機が「カードをお取りください」と機械的な声で繰り返す。ピピーと繰り返すブザーに慌てて振り返り、カードと領収書を引き抜くと、雑に財布に入れてポケットにしまう。
「響子さん、ごめん。ちょっとびっくりしすぎた。」
「うん。」
「響子さんだとも思わなくて。」
「うん。……私も、ごめんなさい。大河くん見つけて、ちょっとはしゃぎ過ぎた。」
俯いて床を見る響子さんの姿に、申し訳ないことをしたな、と、思う。
同時に、自分を見つけてちょっとはしゃいだ、という彼女の言葉を嬉しく思った。
もしかしたら響子さんも俺のことを……ないか。ないだろうな。でも、少しくらいは。
改札を抜けて、しょんぼりと肩を落として少し前を歩く響子を眺める。いつもよりも、少し丸い背中。
彼女は何を思って俺の腰に手を伸ばしたのだろう。
どんなリアクションを求めていたのだろう。
そっと、その肩に手を伸ばす。
「響子さん、ごめんなさい。俺、本当に、響子さんだと思ってなくて。」
「うん。わかってる。……カイトくんて、友達?」
「うん。……海都、普段はいいやつなんだけど。ふざけはじめると、わりとしつこくて。今日も何度か腹触られて。」
「それでかぁ。」
「うん。それでつい。……ほんと、ごめん。」
彼女は顔を上げて俺を見た。
「もういいよ。悪いの私だし。」
そう言って、少しだけ笑う。
「大河くんてさ、思ってたより大人だよね。」
「えっ?どこが?」
思わず立ち止まりかけて、慌てて響子を追いかける。
「怒った時の声とか。いつもよりも低くて。あと、お腹も。筋肉ついてて。」
「そう?」
大河は自分の腹を掴んでみる。
カーディガンを着てジャケットを羽織った、シャツのその下、薄い筋肉。
これのどこが大人なのか、よくわからないけれど。
響子さんの手、小さかったな。と、考えて、それよりも自分の不注意で怯えさせてしまった彼女が少しでも笑ってくれてよかったと、そんな風に思う。
定期券の更新ボタンを押す。
学生、3カ月。
これが、最後の更新だ。
乗車区間を確認して、表示された金額を券売機に投入する。
財布から取り出した数枚の小銭とお札を、ランプの点灯する投入口に差し込む。
その瞬間。
「…!!!!」
後ろから脇腹を掴まれて、大河は声にならない声を上げた。
こんなことをするのは、一人しか知らない。
「海都!おまえ、いい加減にしろよ!!」
怒鳴りながら振り返ると、そこにいたのは響子だった。
「あっ。」
「…………ごめんなさい……。」
「いや、なんか、俺も、ごめん……。」
響子は真っ直ぐに大河を見上げていた。
見開いた瞳、怯えるように、小さく肩を震わせて。
「私、そんなに、驚くと思わなくて……。」
唇をぎゅっと噛むように閉じると、彼女はそのまま、下を向いてしまった。
後ろで、券売機が「カードをお取りください」と機械的な声で繰り返す。ピピーと繰り返すブザーに慌てて振り返り、カードと領収書を引き抜くと、雑に財布に入れてポケットにしまう。
「響子さん、ごめん。ちょっとびっくりしすぎた。」
「うん。」
「響子さんだとも思わなくて。」
「うん。……私も、ごめんなさい。大河くん見つけて、ちょっとはしゃぎ過ぎた。」
俯いて床を見る響子さんの姿に、申し訳ないことをしたな、と、思う。
同時に、自分を見つけてちょっとはしゃいだ、という彼女の言葉を嬉しく思った。
もしかしたら響子さんも俺のことを……ないか。ないだろうな。でも、少しくらいは。
改札を抜けて、しょんぼりと肩を落として少し前を歩く響子を眺める。いつもよりも、少し丸い背中。
彼女は何を思って俺の腰に手を伸ばしたのだろう。
どんなリアクションを求めていたのだろう。
そっと、その肩に手を伸ばす。
「響子さん、ごめんなさい。俺、本当に、響子さんだと思ってなくて。」
「うん。わかってる。……カイトくんて、友達?」
「うん。……海都、普段はいいやつなんだけど。ふざけはじめると、わりとしつこくて。今日も何度か腹触られて。」
「それでかぁ。」
「うん。それでつい。……ほんと、ごめん。」
彼女は顔を上げて俺を見た。
「もういいよ。悪いの私だし。」
そう言って、少しだけ笑う。
「大河くんてさ、思ってたより大人だよね。」
「えっ?どこが?」
思わず立ち止まりかけて、慌てて響子を追いかける。
「怒った時の声とか。いつもよりも低くて。あと、お腹も。筋肉ついてて。」
「そう?」
大河は自分の腹を掴んでみる。
カーディガンを着てジャケットを羽織った、シャツのその下、薄い筋肉。
これのどこが大人なのか、よくわからないけれど。
響子さんの手、小さかったな。と、考えて、それよりも自分の不注意で怯えさせてしまった彼女が少しでも笑ってくれてよかったと、そんな風に思う。