偶然でも運命でもない
2.窓の外を流れる
その人はいつも、2両目の先頭側のドアの横に立っていた。
そこにいる彼女に初めて気付いた時、美しい人だな、と思った。
特別、背が高いわけでも、整った顔立ちをしているわけでもなかったが、自分の知っている大人達と違って、背筋を真っ直ぐにして立ち窓の外を眺めているその姿を美しいと思ったのだ。
補習を終えて、寄り道をせずに電車へと乗り込む。
時々、その姿を見掛ける。
空いた車内にも関わらず、今日も彼女は定位置で、じっと窓の外を眺めていた。
いつもはまっすぐに下ろした髪を、今日はふわふわしたゴムのようなもので緩くひとつに纏めている。
もうすぐ、彼女の降りる駅だ。
電車は速度を落としてホームに滑り込む。
「なあ、大河。おまえ、どう思う?」
「ああ、ごめん。聞いてなかった。」
隣に座った海都に呼ばれて、彼女の姿を視界の隅に捉えたまま振り返る。
「なんだよー!だから、今月の…」
ゆっくりと停車してドアが開く。
歩き出した彼女の髪からそのゴムが滑り落ちて、音もなく床に落ちた。
彼女は気付かずにホームに降り立つ。
「海都、ごめん、待って。」
そう言い捨てて、大河は慌てて立ち上がってドアに駆け寄る。
彼女の立っていた場所に落ちた髪留めを拾って、顔を上げた瞬間、そのドアが閉まった。
窓の向こうで、階段を駆け上がる後ろ姿が見えなくなる。
ゆっくりと電車が動き出す。
窓の外を見慣れた景色が流れていく。
「なんだよ、いきなり。松本ぉー、どうしたー?」
そう言って、海都が隣に並ぶ。
海都の担任のモノマネを無視して、手の中の髪留めをそっとポケットに突っ込む。
彼女の定位置。
ドアの横の狭い壁に寄りかかるようにして立つと、答えない大河に、海都は呆れたように呟いた。
「松本くんは、うわの空ですか。」

< 2 / 60 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop