偶然でも運命でもない
22.持つべきものは
「うっわぁ。外、さっむー!!」
コートのポケットに手を突っ込んでマフラーをぐるぐる巻きにした海都が、店を出た途端に叫ぶようにして笑った。
神社の横の小さなラーメン店。
商店街を外れたこの場所は、この店を除いて人の気配が少ない。
「思ったよりも美味かったな。いつも味噌を頼むけど、塩いいな。鶏ガラに塩って、もっとあっさりしてるのかと思ってた。」
「うん。意外にもポタージュ系だった。」
駅に向かって二人で歩く。
最短ルートで行くと、商店街の裏の飲み屋街を通り抜けることになる。
酔った大人達は賑やかだ。
ビールのジョッキを手に、肉を焼く響子を思い出す。
隙だらけで、ご機嫌な横顔。
「大河、あれ、大河んとこの叔父さんじゃない?」
海都は「ほら。」と、こちらを振り返る。
海都に腕を掴まれて視線を上げると、確かにそこには叔父の姿があった。
そして、その横には、女の人が立っていた。
叔父の腕を引く、親しげな笑顔。
見慣れた横顔に、大河は思わず叫びそうになって、慌てて近くの大きな看板の陰に海都を引きずり込む。
「響子さん、なんで……」
鼓動が早くなって、耳の奥がザワザワとうるさい。
さっき食べた鶏塩ラーメンが、締め付けられた胃の中で暴れる。
「え、あれ、一緒にいたの響子さんなの?」
海都は看板から顔をだす。
「やめろよ。気付かれるだろ。」
「大丈夫、今、店に入った。そこの焼き鳥屋。」
その店は間口は狭く、外から客席が見えることはない。きっと、中からも外は見えないだろう。
「そうか。じゃ、帰ろう。」
何故だか腹が立って、泣きたい気分だ。
ふらふらと歩き出す大河を、海都は素早く捕まえて向きを変えた。
「駅こっち!大河、お前、大丈夫?」
--駄目だから、燃えるんでしょ--
あの時、ドラマの中の不倫について響子はそんな風に言っていた。
彼女は酔っ払って隙だらけでご機嫌な横顔で、叔父にも寄り掛かったりするのだろうか……。いつか観たドラマのように、乱れた姿で絡み合い、叔父の肩ごしに微笑む響子の口元。
強い嫌悪と怒りと羨望。想像した事の罪悪感。感情がごちゃまぜになって苦しい。
胸の中心がねじれるような感覚に、これはきっと嫉妬だと気付く。
衝動的にこみ上げるものに耐えきれず、その場にしゃがみ込む。
「海都。俺、吐きそ……」
「わぁぁああ!!待って!待って!!」
海都は慌てて鞄に手を突っ込むと、ビニール袋を取り出して大河の前へ差し出した。
友人に背中をさすられて、胃の中身と一緒に、涙を溢す。
「大丈夫か。お前、ちょっと考え過ぎだろ。」
「……俺も、そう、思う……。」
だって、叔父さんだし。相手は響子さんだし。
うっかり想像してしまったが、あの愛妻家の叔父が不倫とか考えられない。
だけど、それでなかったら、響子の親し気な笑顔は一体何だったのだ。
そもそも、響子と叔父はどういう知り合いなのだろう。
「……俺、なんで隠れたんだろう。」
咄嗟に隠れてしまったことを後悔する。
その場で話しかけて、二人の関係を正面から訊いてみればよかった。叔父はともかく、響子ならきっと本当のことを答えてくれるだろう。
響子のことも、叔父のことも疑いたくない。
「そもそも、二人だった?他に連れは?」
「わかんない。一瞬だったし。」
「それ!それ、本当に響子さんだったの?」
「俺が、見間違えると思う?」
「思わない。」
海都は溜め息をついた。
側にあった自動販売機で水を買うと、大河に差し出す。
「大河。今日、お前んち、泊まっていい?」
「叔母さんに訊いて。」
「おう。」
受け取った水を一口、胃に流し込む。
口を閉じたビニールをゴミ箱に突っ込んで、タオルで顔を拭く。
冷たい水を飲みながら、また海都に救われてるな、と思う。
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