偶然でも運命でもない
29.消化不良
外のモニターの前でスマートフォンをいじっていた海都が顔を上げて笑う。
「モニターの動画、撮ったぜ。傑作。」
そう言って、送信ボタンを押すと、すぐに大河のスマートフォンがファイルを受信した。
海都の隣のベンチに座って、荷物に寄りかかる。
「ああー。無駄に疲れた……。」
呟いて、顔を上げると響子の後ろ姿が見えた。響子は自動販売機の前で、何を飲もうか迷っているようだ。
ザワザワとしたゲームセンターの店内で、それでも響子に聞こえないように、海都が声を落として大河の隣に座る。
「響子さん、サイコーじゃん。」
「何が?叫んでただけでしょ。マジ疲れた。」
「それだよ。あの声。天然でエロいとか、ヤバくね?」
「海都、お前さぁ……」
「それ、響子さんの声、バッチリ入ってるぜ。お前の声もだけど。」
「それを録ろうっていう、お前の発想の方がヤバいけどな。」
海都の言葉に、手元のスマートフォンを見る。
切羽詰まった響子の、喘ぐような吐息と、声にならない悲鳴。
大河くん、助けて……と、俺を呼ぶ、不安で泣きそうな声。
--やった!初めてクリア出来た!--
エンドロールの流れる中、歓声を上げて抱きついてきた響子の、ブラウスの胸元と体温と甘い香り。額に浮かぶ汗。裸足のつま先。
思い出して、余計な感情に頭を抱える。
「面白いかと思ったんだよ。だって、あの人、リアクションのバリエーションがハンパねぇし。」
溜め息をついた大河に、海都は言い訳めいた言葉を口にする。
「想像以上にアレだっただけで。」
「そこかよ。」
「嬉しいくせに。」
「その動画、消しとけよ。ネットに載せるとか、絶対駄目だからな!」
まあ、俺がもらった分は保存するけど。そう胸の中で呟いて立ち上がる。
自動販売機に近づくと、響子の後ろから小銭を入れてコーラのボタンを押す。
「あっ。」
驚いて振り返った響子は、大河を見て微笑む。こちらを斜めに見上げて、唇を薄く開くその微笑み。
彼女はそのまま自動販売機に向きなおり、私もコーラにしようかな、と、支払い用のICカードをかざしてボタンを押した。
その何でもない仕草ですら、特別に可愛いと思う。しかし、それ以上に頭をもたげた邪な感情に、大河は戸惑う。
なんで、こんなことになっているんだろう……。
今日は叔母の使いを済ませた後、買い物をして、帰って海都と家でゲームをするつもりだった。
用を済ませて、駅に着くと改札の外に立っていた響子に会った。
「電車、止まってるみたい。」
彼女はそう言って、再開未定の表示を眺めていた。
休日だというのに、いつもの仕事着の響子は、いつもよりもずっと早い時間に駅で足止めを喰っていたようだ。外は明るく、夕方というにはまだ少し早い。
大河が海都と顔を見合わせると、響子は笑って「二人はどうする?」と、大河を見上げた。
「お茶、行きますか。」
そう言った大河に、響子は「じゃあ、運転再開までのんびりしますかね。」と歩きだす。
駅前の喫茶店に3人で入り、実のないお喋りをしていた時に、ゲームの話になった。ゲームセンターにその機体が導入された去年、海都と二人でやり込んでランキング1位になった話をすると、響子は目を輝かせて「私もやりたい!」と、言い出した。
あの時は、ただ、響子さんが喜んでくれれば良いと思って、その機体の中に入ったのだが。まさか、こんな気持ちでゲームをすることになるなんて。
抱きしめたい。……でも、それだけじゃ足りない。もっと響子さんの深いところを知りたい。カプセルのようなゲーム機の中でなく、俺の腕の中で乱れた声を上げる姿を見たい。
現実は、自ら手を伸ばしてただ抱きしめるだけのことですら叶わない。
ただただ、悶々と消化不良の欲望に振り回されて、楽しむことよりも疲れの方が勝った。
「モニターの動画、撮ったぜ。傑作。」
そう言って、送信ボタンを押すと、すぐに大河のスマートフォンがファイルを受信した。
海都の隣のベンチに座って、荷物に寄りかかる。
「ああー。無駄に疲れた……。」
呟いて、顔を上げると響子の後ろ姿が見えた。響子は自動販売機の前で、何を飲もうか迷っているようだ。
ザワザワとしたゲームセンターの店内で、それでも響子に聞こえないように、海都が声を落として大河の隣に座る。
「響子さん、サイコーじゃん。」
「何が?叫んでただけでしょ。マジ疲れた。」
「それだよ。あの声。天然でエロいとか、ヤバくね?」
「海都、お前さぁ……」
「それ、響子さんの声、バッチリ入ってるぜ。お前の声もだけど。」
「それを録ろうっていう、お前の発想の方がヤバいけどな。」
海都の言葉に、手元のスマートフォンを見る。
切羽詰まった響子の、喘ぐような吐息と、声にならない悲鳴。
大河くん、助けて……と、俺を呼ぶ、不安で泣きそうな声。
--やった!初めてクリア出来た!--
エンドロールの流れる中、歓声を上げて抱きついてきた響子の、ブラウスの胸元と体温と甘い香り。額に浮かぶ汗。裸足のつま先。
思い出して、余計な感情に頭を抱える。
「面白いかと思ったんだよ。だって、あの人、リアクションのバリエーションがハンパねぇし。」
溜め息をついた大河に、海都は言い訳めいた言葉を口にする。
「想像以上にアレだっただけで。」
「そこかよ。」
「嬉しいくせに。」
「その動画、消しとけよ。ネットに載せるとか、絶対駄目だからな!」
まあ、俺がもらった分は保存するけど。そう胸の中で呟いて立ち上がる。
自動販売機に近づくと、響子の後ろから小銭を入れてコーラのボタンを押す。
「あっ。」
驚いて振り返った響子は、大河を見て微笑む。こちらを斜めに見上げて、唇を薄く開くその微笑み。
彼女はそのまま自動販売機に向きなおり、私もコーラにしようかな、と、支払い用のICカードをかざしてボタンを押した。
その何でもない仕草ですら、特別に可愛いと思う。しかし、それ以上に頭をもたげた邪な感情に、大河は戸惑う。
なんで、こんなことになっているんだろう……。
今日は叔母の使いを済ませた後、買い物をして、帰って海都と家でゲームをするつもりだった。
用を済ませて、駅に着くと改札の外に立っていた響子に会った。
「電車、止まってるみたい。」
彼女はそう言って、再開未定の表示を眺めていた。
休日だというのに、いつもの仕事着の響子は、いつもよりもずっと早い時間に駅で足止めを喰っていたようだ。外は明るく、夕方というにはまだ少し早い。
大河が海都と顔を見合わせると、響子は笑って「二人はどうする?」と、大河を見上げた。
「お茶、行きますか。」
そう言った大河に、響子は「じゃあ、運転再開までのんびりしますかね。」と歩きだす。
駅前の喫茶店に3人で入り、実のないお喋りをしていた時に、ゲームの話になった。ゲームセンターにその機体が導入された去年、海都と二人でやり込んでランキング1位になった話をすると、響子は目を輝かせて「私もやりたい!」と、言い出した。
あの時は、ただ、響子さんが喜んでくれれば良いと思って、その機体の中に入ったのだが。まさか、こんな気持ちでゲームをすることになるなんて。
抱きしめたい。……でも、それだけじゃ足りない。もっと響子さんの深いところを知りたい。カプセルのようなゲーム機の中でなく、俺の腕の中で乱れた声を上げる姿を見たい。
現実は、自ら手を伸ばしてただ抱きしめるだけのことですら叶わない。
ただただ、悶々と消化不良の欲望に振り回されて、楽しむことよりも疲れの方が勝った。