偶然でも運命でもない
33.白い絨毯
期待に膨らむ胸で、朝日の透けるカーテンを開ける。
ヒーターをつけた暖かな部屋では、外の寒さは想像出来ない。
きっと今日も、とても寒いのだろう。
夜になって降り始めた雪は深夜には止んでしまって、結局、積もったのは、畑や公園や民家の庭の土の部分だけだった。
道路はシャバシャバになったシャーベット状の氷がところどころに落ちているだけで、すっかりと乾いている。
「なんだ。いつも通りじゃん。」
開けたばかりのカーテンを閉めて、カップスープに湯を注ぐと、トーストしないままの食パンをちぎりながら食べる。
タブレット端末でニュースや天気予報をチェックすると、画面をSNSに切り替える。表示されたタイムラインに一通り目を通して、その画面もすぐに閉じる。

昨日、帰りに、手袋を買った。
流石に寒くて、もう半月もすれば春だというのに耐えられなかった。
指先が少しだけ余るが、何年でも使えそうなシンプルで上品なデザインの羊革の手袋。ワインのような赤みのかかった濃い茶色で、履き口にフワフワした兎毛のファーがついていて、裏地の滑らかな肌触りが心地よい。
歯磨きをして、ついでに花瓶の水を変え、寝室に戻る。
身支度をしながら、その手袋を包みから取り出してタグを切る。
クローゼットからその日に身に付けるものと鞄を 取り出して、ベッドに放り投げるように並べる。
鏡の前でブラウスを羽織り、スカートに足を通して、タイツを履く。ボタンを閉めて整えたら、髪を梳かし、化粧をして、アクセサリーを着ける。
シンプルなピアスと揃いのネックレス。今日はターコイズ。
所定の位置に並べた鍵や財布やスマートフォンと一緒に、化粧品の入った小さなポーチと、のど飴やチョコレートを入れたポーチも鞄に詰め込む。
ジャケットを羽織って、コートを着てストールを巻く。
仕上げに手袋を嵌めて、もう一度、鏡をみて微笑んだ。
よし、今日も完璧。

「いってきます。」
誰もいない玄関でいつものように呟いて、外に出る。
風は冷たいが、しっかり防寒しているので、寒いのは顔だけだ。
鍵を閉めながら、指先が冷えないのは心地よいものだな、と思う。
アパートの前の空き地は、陰になったそこだけ四角く雪が積もって、白い絨毯を敷いたように見える。
雪だるま、作りたいな。そう思いながら駅に向かう。
きっと、帰る頃には日陰の雪もすっかり溶けてしまって、跡形もないだろう。
積もり積もった、様々な記憶も、叶わない思いも、この雪のように溶けて消えてしまえばいいのに。
まるで一夜の夢みたいに。
そう思ってついた溜息は、白く凍って空に溶けた。
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