偶然でも運命でもない
43.それぞれの朝
「やっっっっっちまった……。」
ベッドの上で身体を起こして、毛布に包まったまま、響子は溜め息をついた。
昨日は夕方から会社の飲み会だった。
キャバクラに行くという男性達と別れて、ひとりでコンビニに寄ったところで大河と会った。
彼が何故、そんな時間にそんな場所に居たのかは響子にはわからない。が、つい嬉しくなってしまって、気が緩んだ。
抱きついて甘えて、ひとりで帰ると駄々を捏ねて、心配だから送ると言い張る大河にまた甘えて、結局、アパートの隣のコンビニまで送ってもらった。
そこまでは、曖昧だが、覚えている。
頭が痛いのは、飲み過ぎたせいか、それとも部屋の惨状のせいか……。
顔をあげ、部屋を見渡す。
床に脱ぎ捨てられて、部屋中に散らばった昨日の服と下着。
中身の半分出た鞄。
ベッドのサイドテーブルの上に、飲みかけのペットボトルの水と、袋のスナック菓子、室温でぬるくなったプリンが6個、並んでいた。
「なにこれ。」
悪い癖だ。
酔うと甘いものが食べたくなって、コンビニに寄ってしまう。
それはいつものことだ。
問題はその数だった。
6個のプリンのうち、2つは駅前のコンビニのものだ。
残りの4つは、アパートの隣のコンビニのラベルが貼られている。
「……待って。覚えてないんだけど。」
大河にコンビニまで送ってもらって、それからどうしたっけ……?
大河が来た道を戻るのを確認してコンビニに入った?
それとも、大河と一緒にコンビニに入った?
そもそも何で、私は裸のまま寝ていたのだろう……。
もしかして、私はこの部屋に大河を招いたのだろうか……?
そこまで考えて、いや、それはないな。と、思い直す。
大河はそういうタイプではない。
奥手だから……などという理由ではない。
どちらかというと潔癖で真面目な彼は、酔った相手に手を出すようなことはしないだろうと思う。
棚からぼた餅が出てきても、食べずにそっと元の場所にしまうタイプ。ちなみに、二階から目薬は避けるタイプ。
万が一、大河がこの部屋に上がっていたとしても、こんな惨状にはなっていない筈だ。
そう結論づけて、響子はそれについて考えるのをやめた。
眠れないまま外が明るくなってしまった。
昨晩、酔った響子を駅前で拾って、アパートの最寄りだというコンビニまで送ったのはいいが、やはり、部屋まで送り届けるべきだったと思う。終電なんて逃してしまっても、少し遠いが歩いて帰れない距離でもない。
どうせ眠れなかったのだし。
コンビニの前で手を振った響子は、そのまま吸い込まれるように店内に入って行った。
終電に飛び乗って、家に帰ると、叔父が玄関先でぐにゃぐにゃになって眠っていた。
こうなることは、なんとなく予想が出来ていた。
叩き起こしてリビングまで運び、叔父の形をした未知の生き物に水を飲ませる。
「叔父さん、この状態でどうやって帰ってきたの?」
「んぁー。そりゃ、んー。」
「叔父さん、人間の言葉でお願いします。」
大河は、泥酔した叔父の顔を見る。
おそらく、響子に酒を飲ませたのも、一人で帰したのも、この人が真犯人なのだろうと、察しがついた。
「呆れた。……ほんと、情けない。」
思わず呟いて、溜め息をこぼす。
酔っ払いは外ではどんなにしっかりしていても、気が緩んだ瞬間に酔いが回ってスイッチが切れたみたいに未知の生き物になる。
叔父や叔母、親父がそういうタイプだった。家に帰りついた途端に、ぐにゃぐにゃになって、人間の言葉を発しなくなる。
響子さんは、ちゃんと部屋まで帰りついて、ベッドで眠れているのだろうか……?流石に道端で寝てるってことはないだろうが、床で寝てるくらいはあり得る。
せめて、響子の連絡先を知っていたら、メッセージのひとつも送って、安心して眠れたのだろうけど。
叔父のことはソファーに放置して、自室に戻る。
ベッドに横になって、ぼんやりと響子のことを考える。
洋服越しの体温とか、柔らかそうな唇とか、小さな掌とか。
気がつけばそんなことにばかり思考が行き着いてしまう。
酔って隙だらけの彼女を見て“抱きたい”と一瞬でも思ってしまった。きっと今なら響子さんは俺を拒絶しないだろうと。
でも、それはフェアじゃない。そんな自分に苛々する。
無邪気な笑顔で抱きついてくる彼女の体温。
洋服越しでもわかる、細くて柔らかな身体のライン。
あの服をはだけて、その肌に触れることが出来たら。俺の指先を受け入れて、彼女はどんな声をあげるのだろう……?どんな表情で、俺を見るのだろう……。
やり場のない気持ちに自分を慰めながら、罪悪感に苛まれる。
廊下越しに叔母の足音が小さく聞こえて、もう朝なんだな、と思う。「疲れたな……。」
今日、何度目かの溜め息をこぼして、大河は目を閉じた。
ベッドの上で身体を起こして、毛布に包まったまま、響子は溜め息をついた。
昨日は夕方から会社の飲み会だった。
キャバクラに行くという男性達と別れて、ひとりでコンビニに寄ったところで大河と会った。
彼が何故、そんな時間にそんな場所に居たのかは響子にはわからない。が、つい嬉しくなってしまって、気が緩んだ。
抱きついて甘えて、ひとりで帰ると駄々を捏ねて、心配だから送ると言い張る大河にまた甘えて、結局、アパートの隣のコンビニまで送ってもらった。
そこまでは、曖昧だが、覚えている。
頭が痛いのは、飲み過ぎたせいか、それとも部屋の惨状のせいか……。
顔をあげ、部屋を見渡す。
床に脱ぎ捨てられて、部屋中に散らばった昨日の服と下着。
中身の半分出た鞄。
ベッドのサイドテーブルの上に、飲みかけのペットボトルの水と、袋のスナック菓子、室温でぬるくなったプリンが6個、並んでいた。
「なにこれ。」
悪い癖だ。
酔うと甘いものが食べたくなって、コンビニに寄ってしまう。
それはいつものことだ。
問題はその数だった。
6個のプリンのうち、2つは駅前のコンビニのものだ。
残りの4つは、アパートの隣のコンビニのラベルが貼られている。
「……待って。覚えてないんだけど。」
大河にコンビニまで送ってもらって、それからどうしたっけ……?
大河が来た道を戻るのを確認してコンビニに入った?
それとも、大河と一緒にコンビニに入った?
そもそも何で、私は裸のまま寝ていたのだろう……。
もしかして、私はこの部屋に大河を招いたのだろうか……?
そこまで考えて、いや、それはないな。と、思い直す。
大河はそういうタイプではない。
奥手だから……などという理由ではない。
どちらかというと潔癖で真面目な彼は、酔った相手に手を出すようなことはしないだろうと思う。
棚からぼた餅が出てきても、食べずにそっと元の場所にしまうタイプ。ちなみに、二階から目薬は避けるタイプ。
万が一、大河がこの部屋に上がっていたとしても、こんな惨状にはなっていない筈だ。
そう結論づけて、響子はそれについて考えるのをやめた。
眠れないまま外が明るくなってしまった。
昨晩、酔った響子を駅前で拾って、アパートの最寄りだというコンビニまで送ったのはいいが、やはり、部屋まで送り届けるべきだったと思う。終電なんて逃してしまっても、少し遠いが歩いて帰れない距離でもない。
どうせ眠れなかったのだし。
コンビニの前で手を振った響子は、そのまま吸い込まれるように店内に入って行った。
終電に飛び乗って、家に帰ると、叔父が玄関先でぐにゃぐにゃになって眠っていた。
こうなることは、なんとなく予想が出来ていた。
叩き起こしてリビングまで運び、叔父の形をした未知の生き物に水を飲ませる。
「叔父さん、この状態でどうやって帰ってきたの?」
「んぁー。そりゃ、んー。」
「叔父さん、人間の言葉でお願いします。」
大河は、泥酔した叔父の顔を見る。
おそらく、響子に酒を飲ませたのも、一人で帰したのも、この人が真犯人なのだろうと、察しがついた。
「呆れた。……ほんと、情けない。」
思わず呟いて、溜め息をこぼす。
酔っ払いは外ではどんなにしっかりしていても、気が緩んだ瞬間に酔いが回ってスイッチが切れたみたいに未知の生き物になる。
叔父や叔母、親父がそういうタイプだった。家に帰りついた途端に、ぐにゃぐにゃになって、人間の言葉を発しなくなる。
響子さんは、ちゃんと部屋まで帰りついて、ベッドで眠れているのだろうか……?流石に道端で寝てるってことはないだろうが、床で寝てるくらいはあり得る。
せめて、響子の連絡先を知っていたら、メッセージのひとつも送って、安心して眠れたのだろうけど。
叔父のことはソファーに放置して、自室に戻る。
ベッドに横になって、ぼんやりと響子のことを考える。
洋服越しの体温とか、柔らかそうな唇とか、小さな掌とか。
気がつけばそんなことにばかり思考が行き着いてしまう。
酔って隙だらけの彼女を見て“抱きたい”と一瞬でも思ってしまった。きっと今なら響子さんは俺を拒絶しないだろうと。
でも、それはフェアじゃない。そんな自分に苛々する。
無邪気な笑顔で抱きついてくる彼女の体温。
洋服越しでもわかる、細くて柔らかな身体のライン。
あの服をはだけて、その肌に触れることが出来たら。俺の指先を受け入れて、彼女はどんな声をあげるのだろう……?どんな表情で、俺を見るのだろう……。
やり場のない気持ちに自分を慰めながら、罪悪感に苛まれる。
廊下越しに叔母の足音が小さく聞こえて、もう朝なんだな、と思う。「疲れたな……。」
今日、何度目かの溜め息をこぼして、大河は目を閉じた。