偶然でも運命でもない
45.満員電車
大河の腕の中で目を瞑る。
小さなリズムで揺れる彼の身体は暖かく、妙に心地が良いと思う。
いつもの位置に乗り込んだ時は、まだ電車は空いていたのに。
気付けば超満員の電車で、響子と大河は向かい合っていた。
最初は壁に手を突くようにしていた大河は、今は響子を抱きしめるように、背中と腰に手を回している。
ぎゅうぎゅうに押し込められてそれ以上のスペースを確保するのは難しい。
それでも、最低限の空間で、肘を張り、響子を潰さずに守ろうとその身体を抱き寄せる大河の仕草は優しかった。
制服のシャツ越しでもわかる、骨格と筋肉。
先日、抱きしめられた時には気付かなかったが、大河は、細い見た目よりもずっとがっしりした肉体をしている。その体格は高校生と言えども既に大人の身体となんら変わりはない。
響子の耳に顔を寄せて大河が「ごめん」と呟く。
「どうしたの?」
「俺、汗くさいかも……」
申し訳なさそうな大河の声に、何故か鼓動が早まる。
昨晩から急に気温が上がって、今日はみんな薄着だ。ぎゅうぎゅうとすし詰めになった車内はジャケットを脱いでも暑いくらいだ。
それまで意識することのなかった大河の匂い。大河の着たシャツから漂う洗剤の仄かな香りに、彼の匂いが混ざる。
「そんなことないよ。大河くん、男の人の匂い。」
響子が囁くように返事をすると、大河は「えぇ…」とも「うん…」ともつかない、戸惑うような妙な声をあげた。
「なんでだよ……」
小さく小さく呟いた大河の言葉は、自分に向けられたものではなく、独り言のようだ。
「なに?」
聞き返そうとして顔をあげると、大河と目が合う。同時に、臍の下に熱の塊を押し付けられるような違和感を感じた。慌てて目を逸らした彼の仕草で、その熱の正体に気付く。
「あ……あの……俺。……響子さん、ごめん。嫌だろ?降りて次の待とう?」
響子がそれに気付いたことを察して、大河は申し訳なさそうにそう提案してくる。
「駄目。降りたら次の電車がいつ来るかわからないし、多分、帰れなくなるよ。」
年頃の男の子だ。相手が自分とはいえ、こんな風に女性と密着していたら、そういうこともあるだろう。
私の、このドキドキも伝わっているのだろうか……。
顔を見られたくなくて、俯くように大河の胸に顔を埋めると、大河はもう一度小さな声で「ごめん…」と呟く。
「大丈夫。嫌じゃない。生理現象は仕方ないでしょ。」
そのままそう言って、目を閉じる。
電車が揺れる。こんなに詰まっているのになお、降りるよりも乗る人の方が多い。
大河のそれは熱を帯びたまま、響子との間で存在を主張している。
互いの匂いと体温に包まれて、人混みに動くことも出来ず、ただじっと抱き合って、その波をやり過ごす。
あと3駅。響子の降りる駅まで行けば、乗るよりも降りる人の方が多くなる筈だ。
終電に近くなって再開した電車は、後続がいつ来るのかわからない。ひとりだったら、とっくに帰るのを諦めて会社の近くに宿をとっていた。
自分はともかく、大河を家に返さねば、親御さんは心配するだろう。
それに、大河の腕の中は、なんだか安心できるのだ。
押し付けられたそれだって、こんな状況でなければ受け入れてもいいとすら思える。
きっと彼は、そんな状況を作ろうとはしないだろうし、受け入れててもいいだなんて、本人には口が裂けても言えないけれど。
人混みに押されて成す術もないまま、響子は顔を上げた。
「どうしたの?」
至近距離で見つめ合う形になり、不安そうな顔でこちらを窺う大河に、そっと耳打ちをする。
「満員電車がちょっと楽しいなんて思ったの、初めて。」
響子の言葉に大河は呆れたように顔をゆるめた。
「何それ。ヘンタイじゃん。」
揺れる電車の中で押しつぶされながら、二人でくすくすと笑い合う。
小さなリズムで揺れる彼の身体は暖かく、妙に心地が良いと思う。
いつもの位置に乗り込んだ時は、まだ電車は空いていたのに。
気付けば超満員の電車で、響子と大河は向かい合っていた。
最初は壁に手を突くようにしていた大河は、今は響子を抱きしめるように、背中と腰に手を回している。
ぎゅうぎゅうに押し込められてそれ以上のスペースを確保するのは難しい。
それでも、最低限の空間で、肘を張り、響子を潰さずに守ろうとその身体を抱き寄せる大河の仕草は優しかった。
制服のシャツ越しでもわかる、骨格と筋肉。
先日、抱きしめられた時には気付かなかったが、大河は、細い見た目よりもずっとがっしりした肉体をしている。その体格は高校生と言えども既に大人の身体となんら変わりはない。
響子の耳に顔を寄せて大河が「ごめん」と呟く。
「どうしたの?」
「俺、汗くさいかも……」
申し訳なさそうな大河の声に、何故か鼓動が早まる。
昨晩から急に気温が上がって、今日はみんな薄着だ。ぎゅうぎゅうとすし詰めになった車内はジャケットを脱いでも暑いくらいだ。
それまで意識することのなかった大河の匂い。大河の着たシャツから漂う洗剤の仄かな香りに、彼の匂いが混ざる。
「そんなことないよ。大河くん、男の人の匂い。」
響子が囁くように返事をすると、大河は「えぇ…」とも「うん…」ともつかない、戸惑うような妙な声をあげた。
「なんでだよ……」
小さく小さく呟いた大河の言葉は、自分に向けられたものではなく、独り言のようだ。
「なに?」
聞き返そうとして顔をあげると、大河と目が合う。同時に、臍の下に熱の塊を押し付けられるような違和感を感じた。慌てて目を逸らした彼の仕草で、その熱の正体に気付く。
「あ……あの……俺。……響子さん、ごめん。嫌だろ?降りて次の待とう?」
響子がそれに気付いたことを察して、大河は申し訳なさそうにそう提案してくる。
「駄目。降りたら次の電車がいつ来るかわからないし、多分、帰れなくなるよ。」
年頃の男の子だ。相手が自分とはいえ、こんな風に女性と密着していたら、そういうこともあるだろう。
私の、このドキドキも伝わっているのだろうか……。
顔を見られたくなくて、俯くように大河の胸に顔を埋めると、大河はもう一度小さな声で「ごめん…」と呟く。
「大丈夫。嫌じゃない。生理現象は仕方ないでしょ。」
そのままそう言って、目を閉じる。
電車が揺れる。こんなに詰まっているのになお、降りるよりも乗る人の方が多い。
大河のそれは熱を帯びたまま、響子との間で存在を主張している。
互いの匂いと体温に包まれて、人混みに動くことも出来ず、ただじっと抱き合って、その波をやり過ごす。
あと3駅。響子の降りる駅まで行けば、乗るよりも降りる人の方が多くなる筈だ。
終電に近くなって再開した電車は、後続がいつ来るのかわからない。ひとりだったら、とっくに帰るのを諦めて会社の近くに宿をとっていた。
自分はともかく、大河を家に返さねば、親御さんは心配するだろう。
それに、大河の腕の中は、なんだか安心できるのだ。
押し付けられたそれだって、こんな状況でなければ受け入れてもいいとすら思える。
きっと彼は、そんな状況を作ろうとはしないだろうし、受け入れててもいいだなんて、本人には口が裂けても言えないけれど。
人混みに押されて成す術もないまま、響子は顔を上げた。
「どうしたの?」
至近距離で見つめ合う形になり、不安そうな顔でこちらを窺う大河に、そっと耳打ちをする。
「満員電車がちょっと楽しいなんて思ったの、初めて。」
響子の言葉に大河は呆れたように顔をゆるめた。
「何それ。ヘンタイじゃん。」
揺れる電車の中で押しつぶされながら、二人でくすくすと笑い合う。