偶然でも運命でもない
50.散る花の痛み
響子の降りる駅に近づく。
結局、連絡先は教えてもらえなかった。
悔し紛れに「また会ったら、付き合って」と言うと、意外にも彼女は「また会ったらね」と笑った。
たとえ冗談だとしても、断られると思っていたのに。
俺も、多分、彼女も。本気でまた会えるとは思っていない。
だから、それは叶わない約束だ。
これが最後。
本当は伝えたいことがたくさんある。
言いたいことも、知ってほしいことも、たくさんあった。
お礼だって、まだ全部言えていない。
たった一言の、好きだという、この気持ちだって。
だけど、今からどこかに誘って、この別れを数時間先延ばしにしたところで、全部を伝えることなんて出来ない。
きっと、寂しさが募るだけだ。
そんなのは男らしくないな、と思う。
アナウンスと共にホームに電車が滑り込む。
「大河くん、卒業おめでとう。」
響子は、ドアの隣に並んで立つ大河を振り返りるとパタパタと指先を動かす仕草で手を振った。
「……元気でね。バイバイ。」
開いたドアに向かって、彼女が足を踏み出す。
いつものように軽い足どりで。
嫌だ、離れたくない。
気付けば、反射的に手を伸ばして、その腕を掴んでいた。
初めて話したあの日と同じように、肩に手を掛けて、振り返った彼女の顔を見下ろす。
それは、長くて短い一瞬。
彼女の纏う香りが鼻腔をくすぐる。
俺が選んだハンドクリームの、甘い花の香り。
ピンクバーガンディの口紅に彩られた唇に、掛けようと思った言葉は頭の中で白く溶けて消えた。
「えっ!?」
肩を抱くように力任せに引き寄せると、顔を上げた響子の戸惑う瞳と目が合う。
瞬きをするだけのその時間。
吸い寄せられるように、唇を重ねる。
初めてのキスは、さよならのキスだった。
発車のベルが鳴る。
「響子さん、俺は……」
あなたが好きだ。
そう、伝えようとしたわずかな言葉は、そのベルに掻き消されて。きっと、彼女には届かない。
タイムリミットだ。
まだ開いたままのドアの向こう側へ、ホームに向かって軽く肩を押して、彼女を電車から押し出すように解放する。
ドア ガ シマリマス……
笛の音と共に、無機質なアナウンスが流れる。
閉まったドアの向こう側、ガラス越しに響子が振り返った。
泣いてるような笑っているような中途半端な顔をしてこちらを見つめる響子に、微笑んで手を振る。
合図みたいにパタパタと指先を動かすと、小さく呟く。
「また、いつか、どこかで。」
見える間はせめて、泣かないように。
二度と出会うことがなくても、彼女が俺のことを忘れないでいてくれるとして。その記憶の最後は、笑っていたかったから。
窓の外、遠ざかるホームを見送る。
俯いて足元を見ると、花びらが一枚、落ちていた。
胸に差したその花は少しずつ崩れて、やがてバラバラになる。
溢れる涙の代わりみたいに、散らばって足元を彩る。
またいつか、会うことが出来たとき。
今度こそ離れることのないように。
響子の言うように、この別れがいつか、幸福へと繋がるように。
大河は祈るような気持ちで、目を閉じた。
結局、連絡先は教えてもらえなかった。
悔し紛れに「また会ったら、付き合って」と言うと、意外にも彼女は「また会ったらね」と笑った。
たとえ冗談だとしても、断られると思っていたのに。
俺も、多分、彼女も。本気でまた会えるとは思っていない。
だから、それは叶わない約束だ。
これが最後。
本当は伝えたいことがたくさんある。
言いたいことも、知ってほしいことも、たくさんあった。
お礼だって、まだ全部言えていない。
たった一言の、好きだという、この気持ちだって。
だけど、今からどこかに誘って、この別れを数時間先延ばしにしたところで、全部を伝えることなんて出来ない。
きっと、寂しさが募るだけだ。
そんなのは男らしくないな、と思う。
アナウンスと共にホームに電車が滑り込む。
「大河くん、卒業おめでとう。」
響子は、ドアの隣に並んで立つ大河を振り返りるとパタパタと指先を動かす仕草で手を振った。
「……元気でね。バイバイ。」
開いたドアに向かって、彼女が足を踏み出す。
いつものように軽い足どりで。
嫌だ、離れたくない。
気付けば、反射的に手を伸ばして、その腕を掴んでいた。
初めて話したあの日と同じように、肩に手を掛けて、振り返った彼女の顔を見下ろす。
それは、長くて短い一瞬。
彼女の纏う香りが鼻腔をくすぐる。
俺が選んだハンドクリームの、甘い花の香り。
ピンクバーガンディの口紅に彩られた唇に、掛けようと思った言葉は頭の中で白く溶けて消えた。
「えっ!?」
肩を抱くように力任せに引き寄せると、顔を上げた響子の戸惑う瞳と目が合う。
瞬きをするだけのその時間。
吸い寄せられるように、唇を重ねる。
初めてのキスは、さよならのキスだった。
発車のベルが鳴る。
「響子さん、俺は……」
あなたが好きだ。
そう、伝えようとしたわずかな言葉は、そのベルに掻き消されて。きっと、彼女には届かない。
タイムリミットだ。
まだ開いたままのドアの向こう側へ、ホームに向かって軽く肩を押して、彼女を電車から押し出すように解放する。
ドア ガ シマリマス……
笛の音と共に、無機質なアナウンスが流れる。
閉まったドアの向こう側、ガラス越しに響子が振り返った。
泣いてるような笑っているような中途半端な顔をしてこちらを見つめる響子に、微笑んで手を振る。
合図みたいにパタパタと指先を動かすと、小さく呟く。
「また、いつか、どこかで。」
見える間はせめて、泣かないように。
二度と出会うことがなくても、彼女が俺のことを忘れないでいてくれるとして。その記憶の最後は、笑っていたかったから。
窓の外、遠ざかるホームを見送る。
俯いて足元を見ると、花びらが一枚、落ちていた。
胸に差したその花は少しずつ崩れて、やがてバラバラになる。
溢れる涙の代わりみたいに、散らばって足元を彩る。
またいつか、会うことが出来たとき。
今度こそ離れることのないように。
響子の言うように、この別れがいつか、幸福へと繋がるように。
大河は祈るような気持ちで、目を閉じた。