偶然でも運命でもない
51.窓の外の忍者
その景色は、変わらないようで、少しずつ変化する。
毎日眺めているはずなのに。
遠くに建設中のビルは階層を増やして、気づけば周りの建物の倍の高さになっていたし、線路沿いのアパートはいつのまにか壁の色が変わっている。
公園の木々や街路樹や庭の草花も、少しずつ色や姿形を変えて、季節の流れを教えてくれる。

響子は、決まって2両目の前のドアの横に立つ。
ドア横にしては、少しだけ広い空間。小さくて四角い窓が気に入っていた。
窓の外、流れる景色の中を、小さな忍者が走る。
響子の生み出した空想上の忍者は、街の中を軽い身のこなしで走る。
その小さな窓で四角く切り取られた景色の中を、誰にも気付かれないように慎重に。
屋根から屋根へ飛び移り、塀を走り木に登る。壁を登ってビルの屋上へ出ると、電飾のついた看板を蹴って、高く高く宙を舞う。
時折、鳥や猫に邪魔をされて、失敗することもある。
風が強い日は、ゴミが舞っているから危ない。
あのアパートの奥さんは早起きだ。晴れた朝は、布団を干して棒で叩く。
散歩の犬。夜だけ人通りの多い道、公園に集まる猫。
障害物を避け、景色の中を駆け巡る忍者。
まるで、ゲームのような想像をしながら外を眺めるのが、通勤の楽しみになっていた。
夏の朝の光に満ちた鮮やかな緑の堤防、秋の夕方の刻々と変わる空の色、冬の雨に濡れたネオンの輝く夜の駅前と静かな住宅街。
駆け抜けて見上げる、遠くに浮かぶ月や雲。
1日として同じ景色は存在しない。
寒々としていた木々は芽吹き、花の色も目立つ。
花壇が鮮やかになるにつれて、道行く人々の装いも明るい色が増えていく。
少し早い桜と桃の花が混ざり、舞い散る花吹雪が窓に当たり視界を奪う。
響子は影を見失って、目を閉じる。

その景色は、毎日、変わらないようで、少しずつ変化する。

季節が巡り、そして、また。
春になる。
< 51 / 60 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop