偶然でも運命でもない
54.サイカイ
歓迎会は貸し切りの居酒屋だった。
広間に各部署の人間が部署ごとに固まって座っている。
挨拶をしながら各テーブルを回っていた響子は、開発部の部長に捕まっているようだった。
部長が響子の隣の席に無理矢理に座ってにこにこしているのが見える。
遠目で、響子のビールグラスが空きそうなのを見て、ウーロン茶を注文する。
受け取ったそれを持って、響子の後ろへ、そっと近づく。こちらに気付いた部長が、大河を機嫌良さそうに呼んだ。
「松本、こっち!」
「鈴木クン、紹介するよ。これ、うちの一番若いの。開発のエース。松本。」
部長が手を挙げるのを見て、響子は大河を振り返って目を細めた。
「大河くん、久しぶり。」
大河は部長に促されて、響子の後ろの狭いスペースに座り込む。
「響子さん、相変わらずだね。」
「おい、松本、先輩には敬語使え!敬語!」
響子は、部長の膝に手を置いて「いいんです。」と笑う。二人の時には見せたことのない、大人の仕草。
「部長、いいんです。私には。ね?大河くん。」
微笑んで、響子が振り返る。その笑顔に大河は戸惑った。
そこにいたのは、仕事向けの大人の皮を被った響子だ。
あんなに会いたいと思っていたのに、きっと、ここでは以前のように振る舞うことが出来ない。
これから毎日、これが続くのだろうか……。それはやだな。
「地元ってここだったんだ。」
「そう。」
「大学はー?」
「一応、行ってる。今はインターン扱い。」
「そうなんだ。早く働きたいって言ってたもんね。」
二人の顔を交互に見比べて、ようやく事態を飲み込んだ部長が、驚いた声をあげた。
「なに?松本と鈴木クン、知り合いなの!?」
朝、ドアを開けた瞬間の響子が一瞬浮かべたのは、駅で会った時と同じ、あの驚きと喜びの混ざった微笑み。
人前で様子を伺ってはいるが、響子が大河に呼びかける言葉は、あの時のままだ。
だとしたら、響子は間違いなく約束を覚えている。
「俺の、彼女です。」
『は?』
そう言って片手で響子の肩を抱く大河の言葉に、部長と響子の声が重なる。
「だって響子さん、次に会ったら付き合ってくれるって。」
「いや、言ったけど。」
「じゃあ、合ってるじゃないですか。」
顔を寄せ、小声で囁き合う。
目が合って、彼女は、ふふふ、と弾けるように笑う。
「君達、そういう関係なの!?」
部長は「はー。若いなー。」と呟いて立ち上がる。
彼氏持ち、しかも、その彼氏が大河だと思って、響子は部長のターゲットから外れたらしい。
立ち去る部長を見送って振り返ると、響子はもう笑っていなかった。少し怒ったような戸惑うようなそんな表情でこちらを見ている。
「あのね。」
「もしかして、彼氏、出来ちゃいました?」
響子が何か言いかける前に、大河は畳み掛けた。
返事はきっと、想像通りで。
「いないけど。」
相変わらず潔いの良い否定の言葉に思わずにやける。
「じゃあ、問題ないじゃん。」
大河は部長が開けた席に座り直すと、響子の顔を覗き込む。
「響子さん、俺のこと嫌い?」
「……どっちかっていうと、好き。」
「これって、きっと、運命だよね。」
「まあ、そう、かな。」
珍しく、煮え切らない響子の態度。
「何が不満なの?」
「うーん。」
響子は大河を眺め、無表情で大河の手にしたウーロン茶を指差した。
「それ、かな。」
「響子さん、俺、まだ未成年だから。」
「それ、私の分でしょ?」
「……よく気が付きましたね。」
吹き出しそうになるのを堪えて、響子にグラスを握らせる。
響子はそれを受け取って素早くテーブルに置くと、大河の席に置かれたグラスを眺めて、静かに笑いだした。
耐え切れずに、大河も笑う。
何かのスイッチが入ったみたいに、二人で笑って、響子は以前の空気を纏う。
「だって、ほら!あそこに飲みかけあるじゃない!」
「ありますよ。あれは俺の分。これは響子さんの分。」
「私のビールは?」
「知りません。お願いです。約束してください。俺の知らないところで、お酒を飲むのをやめてください。」
「えー。じゃあ、大河くんと一緒の時はいいの?」
「うーん。ご……」
「ご?」
覗き込むように近づけてくる響子のその顔に、大河は指を広げて手のひらを突き付ける。
「5杯。全部で、5杯までなら。」
「ぜんぶで、ごはい。……ワインは?」
「どう考えてもお酒に含みます。アルコール全部ですよ。」
「厳しい。」
「あのね、俺は、響子さんが未知の生き物みたいになるのが心配なの。」
「未知の生き物?」
「あと、響子さん、酔うとめちゃくちゃだし、可愛いから。」
「……だから?」
「だから、心配なんだよ。」
その言葉に響子は俯いて肩を震わせた。
「……何笑ってるんですか!?ちょっと、響子さん、わかってるなら言わせないで。」
響子はウーロン茶のグラスを手に取ると一口飲んで小さく息を吐く。
「っていうか、響子さん、そんなに酔ってないでしょ?」
「さーねー。どっちでしょ。」
苦笑する大河に寄りかかるように座り、響子は小さな声で呟いて笑った。
広間に各部署の人間が部署ごとに固まって座っている。
挨拶をしながら各テーブルを回っていた響子は、開発部の部長に捕まっているようだった。
部長が響子の隣の席に無理矢理に座ってにこにこしているのが見える。
遠目で、響子のビールグラスが空きそうなのを見て、ウーロン茶を注文する。
受け取ったそれを持って、響子の後ろへ、そっと近づく。こちらに気付いた部長が、大河を機嫌良さそうに呼んだ。
「松本、こっち!」
「鈴木クン、紹介するよ。これ、うちの一番若いの。開発のエース。松本。」
部長が手を挙げるのを見て、響子は大河を振り返って目を細めた。
「大河くん、久しぶり。」
大河は部長に促されて、響子の後ろの狭いスペースに座り込む。
「響子さん、相変わらずだね。」
「おい、松本、先輩には敬語使え!敬語!」
響子は、部長の膝に手を置いて「いいんです。」と笑う。二人の時には見せたことのない、大人の仕草。
「部長、いいんです。私には。ね?大河くん。」
微笑んで、響子が振り返る。その笑顔に大河は戸惑った。
そこにいたのは、仕事向けの大人の皮を被った響子だ。
あんなに会いたいと思っていたのに、きっと、ここでは以前のように振る舞うことが出来ない。
これから毎日、これが続くのだろうか……。それはやだな。
「地元ってここだったんだ。」
「そう。」
「大学はー?」
「一応、行ってる。今はインターン扱い。」
「そうなんだ。早く働きたいって言ってたもんね。」
二人の顔を交互に見比べて、ようやく事態を飲み込んだ部長が、驚いた声をあげた。
「なに?松本と鈴木クン、知り合いなの!?」
朝、ドアを開けた瞬間の響子が一瞬浮かべたのは、駅で会った時と同じ、あの驚きと喜びの混ざった微笑み。
人前で様子を伺ってはいるが、響子が大河に呼びかける言葉は、あの時のままだ。
だとしたら、響子は間違いなく約束を覚えている。
「俺の、彼女です。」
『は?』
そう言って片手で響子の肩を抱く大河の言葉に、部長と響子の声が重なる。
「だって響子さん、次に会ったら付き合ってくれるって。」
「いや、言ったけど。」
「じゃあ、合ってるじゃないですか。」
顔を寄せ、小声で囁き合う。
目が合って、彼女は、ふふふ、と弾けるように笑う。
「君達、そういう関係なの!?」
部長は「はー。若いなー。」と呟いて立ち上がる。
彼氏持ち、しかも、その彼氏が大河だと思って、響子は部長のターゲットから外れたらしい。
立ち去る部長を見送って振り返ると、響子はもう笑っていなかった。少し怒ったような戸惑うようなそんな表情でこちらを見ている。
「あのね。」
「もしかして、彼氏、出来ちゃいました?」
響子が何か言いかける前に、大河は畳み掛けた。
返事はきっと、想像通りで。
「いないけど。」
相変わらず潔いの良い否定の言葉に思わずにやける。
「じゃあ、問題ないじゃん。」
大河は部長が開けた席に座り直すと、響子の顔を覗き込む。
「響子さん、俺のこと嫌い?」
「……どっちかっていうと、好き。」
「これって、きっと、運命だよね。」
「まあ、そう、かな。」
珍しく、煮え切らない響子の態度。
「何が不満なの?」
「うーん。」
響子は大河を眺め、無表情で大河の手にしたウーロン茶を指差した。
「それ、かな。」
「響子さん、俺、まだ未成年だから。」
「それ、私の分でしょ?」
「……よく気が付きましたね。」
吹き出しそうになるのを堪えて、響子にグラスを握らせる。
響子はそれを受け取って素早くテーブルに置くと、大河の席に置かれたグラスを眺めて、静かに笑いだした。
耐え切れずに、大河も笑う。
何かのスイッチが入ったみたいに、二人で笑って、響子は以前の空気を纏う。
「だって、ほら!あそこに飲みかけあるじゃない!」
「ありますよ。あれは俺の分。これは響子さんの分。」
「私のビールは?」
「知りません。お願いです。約束してください。俺の知らないところで、お酒を飲むのをやめてください。」
「えー。じゃあ、大河くんと一緒の時はいいの?」
「うーん。ご……」
「ご?」
覗き込むように近づけてくる響子のその顔に、大河は指を広げて手のひらを突き付ける。
「5杯。全部で、5杯までなら。」
「ぜんぶで、ごはい。……ワインは?」
「どう考えてもお酒に含みます。アルコール全部ですよ。」
「厳しい。」
「あのね、俺は、響子さんが未知の生き物みたいになるのが心配なの。」
「未知の生き物?」
「あと、響子さん、酔うとめちゃくちゃだし、可愛いから。」
「……だから?」
「だから、心配なんだよ。」
その言葉に響子は俯いて肩を震わせた。
「……何笑ってるんですか!?ちょっと、響子さん、わかってるなら言わせないで。」
響子はウーロン茶のグラスを手に取ると一口飲んで小さく息を吐く。
「っていうか、響子さん、そんなに酔ってないでしょ?」
「さーねー。どっちでしょ。」
苦笑する大河に寄りかかるように座り、響子は小さな声で呟いて笑った。