偶然でも運命でもない
56.偶然でも運命でもない
狭いベッドの大半を占拠して、猫のように丸くなって眠る響子の寝顔を、大河はそっとつつく。
「響子さん、そこ、どいてくれないと俺、響子さんの部屋で寝ますよ?いいんですか?響子さんの花柄の布団で、俺が寝るんですよ?」
耳元で囁くようにすると、彼女は眉間に皺を寄せて、ちょっとだけ嫌そうな顔をした。
身体を伸ばしズルズルとすみの方に寄って場所を開け「おいで」と、微笑む。
「俺のベッドなんだけど。」
隣に潜り込み抱き寄せると、響子は笑って手を伸ばして大河の髪を撫でる。
なすがままに撫でられていると、ふと、初めて話した日のことを思い出した。
それから、響子と再会する少し前のことも。
2月の初旬、大河は先輩の岩井と社長に呼び出され、一冊のファイルを渡された。
「開発と営業の間に、岩井を中心に社内でどちらの動きもサポート出来るような部署を作りたい。そのファイルの名簿から一緒に仕事をしたい人物がいたら教えて欲しい。」と。
渡されたファイルを開くと、確かに、本社と各支社の営業や開発に関わる人物の実績が記載された名簿が挟まっていた。
いくつかの名前に、色付きのペンでメモが入っている。
「メモが入っている人は、僕の推薦。知らない人がほとんどだろうけど、気になる経歴の人がいたら松本もメモ入れておいて。あとで、社長が確認して問題ないようなら、それをもとにチームを組んで4月から稼働するから。」
そう言って、岩井は忙しそうに自分の仕事に戻っていった。
パラパラと名簿を捲り、気になる人物にチェックを入れる。
営業の成績や、アプローチの仕方、開発の実績………
数名にチェックを入れて、2枚目の名簿に目を通すと、覚えのある名前に行き当たった。
関東支社 鈴木 響子 営業推進マネジメント
彼女の名前の横には既にメモが入っていた。
他のメモよりもずっと簡素なのに一際目立つ《鉄板》という、岩井の書いた赤い文字。
そのまま、響子の名前に丸を付ける。
あとは岩井のメモだけを見ていくつかチェックを入れて、ファイルを返した。
岩井はファイルをパラパラとめくり、大河のメモを見て「お。」と、声を上げる。
「鈴木さんは、なかなか手強いよ。仕事がまた楽しくなるなぁ。」
そう言ってニヤリと笑った。
響子との再会は、きっと、偶然でも運命でもない。
だって、俺達の勤める会社の社長は、俺の親父で。
彼女は親父の会社の従業員で、叔父の部下だったのだから。
おまけに、響子と叔父と岩井は飲み仲間だった。
ただ、それを響子に言えないまま、こうして再会して二人暮らしが始まってしまったのだった。
大河は溜め息を飲み込んで、腕の中で眠る響子を眺める。
この事実を知ったら、彼女はどんな顔をするのだろう……。
「響子さん、そこ、どいてくれないと俺、響子さんの部屋で寝ますよ?いいんですか?響子さんの花柄の布団で、俺が寝るんですよ?」
耳元で囁くようにすると、彼女は眉間に皺を寄せて、ちょっとだけ嫌そうな顔をした。
身体を伸ばしズルズルとすみの方に寄って場所を開け「おいで」と、微笑む。
「俺のベッドなんだけど。」
隣に潜り込み抱き寄せると、響子は笑って手を伸ばして大河の髪を撫でる。
なすがままに撫でられていると、ふと、初めて話した日のことを思い出した。
それから、響子と再会する少し前のことも。
2月の初旬、大河は先輩の岩井と社長に呼び出され、一冊のファイルを渡された。
「開発と営業の間に、岩井を中心に社内でどちらの動きもサポート出来るような部署を作りたい。そのファイルの名簿から一緒に仕事をしたい人物がいたら教えて欲しい。」と。
渡されたファイルを開くと、確かに、本社と各支社の営業や開発に関わる人物の実績が記載された名簿が挟まっていた。
いくつかの名前に、色付きのペンでメモが入っている。
「メモが入っている人は、僕の推薦。知らない人がほとんどだろうけど、気になる経歴の人がいたら松本もメモ入れておいて。あとで、社長が確認して問題ないようなら、それをもとにチームを組んで4月から稼働するから。」
そう言って、岩井は忙しそうに自分の仕事に戻っていった。
パラパラと名簿を捲り、気になる人物にチェックを入れる。
営業の成績や、アプローチの仕方、開発の実績………
数名にチェックを入れて、2枚目の名簿に目を通すと、覚えのある名前に行き当たった。
関東支社 鈴木 響子 営業推進マネジメント
彼女の名前の横には既にメモが入っていた。
他のメモよりもずっと簡素なのに一際目立つ《鉄板》という、岩井の書いた赤い文字。
そのまま、響子の名前に丸を付ける。
あとは岩井のメモだけを見ていくつかチェックを入れて、ファイルを返した。
岩井はファイルをパラパラとめくり、大河のメモを見て「お。」と、声を上げる。
「鈴木さんは、なかなか手強いよ。仕事がまた楽しくなるなぁ。」
そう言ってニヤリと笑った。
響子との再会は、きっと、偶然でも運命でもない。
だって、俺達の勤める会社の社長は、俺の親父で。
彼女は親父の会社の従業員で、叔父の部下だったのだから。
おまけに、響子と叔父と岩井は飲み仲間だった。
ただ、それを響子に言えないまま、こうして再会して二人暮らしが始まってしまったのだった。
大河は溜め息を飲み込んで、腕の中で眠る響子を眺める。
この事実を知ったら、彼女はどんな顔をするのだろう……。