猫のアマテル
三匹は潮の変わり目をじっと待った。 辺りの空気が止まった。 その時、洞窟の片側の入り口付近で空気がカゲロウのようにユラユラ歪んで見えた。 ちょっと見、気づかないような小さな小さな歪みだった。

伝助が叫んだ「出た、ユラユラついに発見!」

すかさずアマテルは「ハチと伝助さん先に二人で入って」

ハチが「アマテルは行かないの?」

「わたし、頭に報告するからここに残る。 先に行ってて。
そして、向こうで頭の息子さんを探してこのこと説明して、わたしのお母さんにも伝えて、必ず帰るからって」

ユラユラは徐々に消えていった。 そこにはハチと伝助の姿が陽炎のように揺らいで消えていった。

戻ったハチと伝助は脇目もふらず祝津漁港に向け走り出した。 二匹が一番先に目にしたのが、先に帰省したミミだった。

ミミが「ハチ! 伝助さん戻ったのね。 アマテルはどうしたの? 元気なの? アマテルになにかあった?」

伝助が「今、説明するからとりあえずみんな集めてくれる?」

ハチがみんなの前でこれまでの経緯を説明した。 横ではアマテルの母親が涙しながらじっと聞いていた。

ハチが「そういうことで、わたしはこれから手宮方面に行って、息子さんを探して向こうの世界に送り届けるの、またアマテルとこっちの世界に必ず戻ってきます……ニャ」

アマテルの母親が「ハチちゃんごめんね、ありがとうね」

「アマテルがいなかったら、こっちに戻れませんでした。 感謝するのは私です 。最後までやりとげます。 心配しないでくださいニャ」

ハチはみんなに説明を終えると息つく暇もなく、頭の息子を捜しに手宮に向かって走り出した。 手宮の交差点を中心に探し回り、三日が経過した時だった。 前方から笑いながら歩いてくる三匹の犬が目に入った。 ハチは三匹の前に走り寄った。 三匹もその場に足を止めた。

クニオが「おう、ハチか、戻ってきたのか?」

「えっ、クニオさんもこっちに来てたの?」

「おう、なんだ偶然ユラユラに出くわして、すぐにお前達
三匹を探したんだが見あたらず。 そうこうするうちにユラユラが消えそうになってしかたなく、俺とこいつが来ることになったんだ。 そしてこの子が頭の坊ちゃんだ。 ワン」

「まっ、話しはわかりました。 で、向こうの世界に戻せるかもしれないの……わたしに従ってもらえますか?」

クニオは「それなんだが……もういいよ!」

「……? いいって、なにがいいの?」

「なんだ、俺たちこのままここで暮らすよ」

「……?」ハチはクニオの言う意味が理解できなかった。

「だから、俺たち三匹は向こうには戻らねぇの。 向こうに戻ってまた頭にどやしつけられる生活よりも、こっちで若い連中をどやして暮らす方がいいって、そう決めたんだ」

「だって、息子さんだっているじゃないの……」

「坊ちゃんも、ここだけのはなし、いつも頭に怒鳴られ、噛まれて育ったんだ。 こっちで俺たちと気楽に暮らしたいとさ……これ本人の希望だ!」

ハチはクニオの思いもよらない言葉に驚いた。

「そうですか……解りました」

「ハチ、あっちに行ってもこの事は内緒にしてくれ。 そして頭を信用するなよ。 ユラユラを見つけたときも、頭はあんた達三匹を見捨てた奴なんだ」

ハチはこの時、この犬たちの世界を理解出来ない、いや理解したくないと思った。 その場を離れトンネルの前で潮の流れを待っていた。空間移動したハチはアマテルを探してトンネルへ一目散に走った。 案の定トンネルの端に腰掛け、毛繕いに一生懸命なアマテルがそこにいた。

「アマテル、戻ったよ」

「おかえり、みんなに報告してくれた? 頭の息子さんはどうだった? 元気だった……ニャァ?」

「それが……」

祝津のみんなのこと、アマテルの母親のこと、頭の息子のことやクニオの思わぬ言動のことをハチは話した。

アマテルは「もう頭に会わずに、このままこっちの世界から
出ようよか」

こうして二匹の猫は元の世界に戻っていった。
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