猫のアマテル
第五夜「ミルとアマテル」
天狗山に住むことになったアマテル。 犬のミルに弟子入りし身の回りの世話もするようになった。
「アマテル! 毛繕い頼むワン」
「はい、ミル様承知しました」
ミルは母猫が子猫の毛繕いをするように、丁寧にミルの毛繕いを始めた。
ミルは目を細めながら「猫の毛繕いは気持ちいいのう……猫の舌は格別よの!」
「ミル様は毛が抜けませんね?」
「その、ミル様はやめてくれんかのう」
「じゃあなんとお呼びすれば?」
「ミルさんでよい」
「わかりました」
「我々テリア系の犬は一枚毛だから、一年中少しずつ毛替わりするんじゃ。 柴や秋田犬のように二枚毛のやつらは一度にどさっと抜け替わる」
「猫族と同じですね」
「そうかもしれん。動物は誰に教えられんでも、ちゃんと自然界の法則に順応して生きておるでのう。 雷鳥は冬になると雪のように白い羽に覆われる。 夏は岩のように茶色に変わる。 北海道の自然界に同調するように……すごいのう」
「私たち猫族もヨモやトラ柄がおります。 藪に身を潜めて獲物を狙うのです」
「ネズミは食ワンぞ」
「ハイ」
そこに、後ろからメスのマルチーズが声を掛けてきた。
「あの~、ミルさんですよね」
「はい、ミルですがあなたは?」
「あの~、ジョンといいます。長橋の犬仲間に聞いて来たんですけど、相談がありまして」
「そうですか、遠いところ大変でしたね。 そこの銀杏の木の根本にどうぞ」三匹は移動した。
「わしがミル、この猫はアマテル。 では、話を聞かせて下さい」
マルチーズは自分の置かれている環境や境遇について長々と話し始めた。 二匹はじっと話を聞いた。 ミルはマルチーズの顔色をじっと伺い、話が一息つくタイミングを見計らった。
マルチーズが「そういうわけなんですね……」
ミルは「そうですか、でもあなたの話を聞いていると、もうあなたなりの結論が出てるように思うのですが、それでいいと思いますよ」
「あら、そうですよね。 失礼しましたワン」そのままマルチーズは帰って行った。
アマテルが「どういうことですニャン?」
「今の方は、既に自分で結論をだしてるんじゃ。 その結論とそれまでの過程をわしに聞いて欲しくて、わざわざここに来た。 悩みなんて本当はなかった。 自分なりに解決できていたことに気がついたんじゃ。 それだけのこと」
「でも、わざわざここまで来るのはそれ以外に何かあるのではニャイかと」
「ない、ここに来て長々と話したと同時に、総て解決されたんじゃ。 よくあるケースよ! 解決の糸口は決まりはない千差万別。 本当は最初から問題なんて存在してなかった。みんな問題をつくる癖があるんじゃ」
「あのジョンさんは答えを知ってて来たんですか?」
「ここに来る半数以上はそうじゃ」
「半数以上もですか?」
「そう、半数以上。 いや、大方かもしれんのう」
「なぜ? なぜわざわざ?……ニャ」
「自分の結論に同意して欲しい、自分の結論を確認したい。そんなところかのう」
「でも、普通に自分の思うとおりで良いと思うニャ。 なんで?」
「そこじゃ、そこなんじゃ。 アマテルの云うとおりなんじゃが、そこに彼らの逃げがあるんじゃよ」
「逃げ……? 何処にですか?」
「わしのところに来たという言い訳よ」
「言い訳? すいませんよく理解できませんニャ」
「一応わしのところに来て相談したという事実作り。 自分で出した結論通りに行動して、思うようにいかなかった場合の言い訳作りだよ。 失敗しても原因はわしのせいにすればすむと思ってるんじゃ。 失敗したのは自分の意向でなかった。 そう考えてる場合も意外に多いのよ」
「じゃぁ、なんで言わないのですか?」
「言ってどうなるものでもない。 だから言わない」
「つまり、失敗したときの逃げ道みたいな……」
「全部が全部ではないぞ、考え抜いたあげく意見を聞きに来る者も当然いるからのう」
「さっきのマルチーズもですか?」
「うん、名前も名乗らず一方的に好き放題いって帰って行っただろう。わしと話した事実がほしかったんじゃ! ワン」
「なんか……不思議な気持ちです。ニャア」
「そんなものじゃ、わしも知った上でやってるからなんとも思わワン」
「ミルさん、やっぱりすごいですね!」
「べつにすごくはない……経験だよ経験」
それから何度か同じような相談事を受けるミルの応対の仕方を見て、アマテルなりに理解できるようになった。
ある時アマテルはミルに「先日、『答えを出してから相談に来る』というはなしなんですが、ミルさんは相談者のどこを見て判断するんですか?」
「一瞬の目の動きだけど」
「そんな一瞬でわかるんですか?」
「知るのに時間が必要か? どのくらいの時間が必要かな?」
「すみません。 愚問でしたニャ」
「ことのついでに言っておこう。 時間が必要だという思いがアマテルにある限りお前の生涯において、いつも時間が必要になる。 いつも時間が前提になる。 つまり時間に縛られる。 本来は時間なんてものは要らない。 というか無いのじゃ。 即、今だ、今しかない。 時間は錯覚。 自分やこの社会がでっち上げたイリュージョン」
「つまり幻影ですか?」
「そう幻影。 その幻影に惑わされてる」
「じゃあ、その幻影から覚めるにはどうすればいいニャ?」
「アマテルは自覚したからもう覚めたよ。 あとは幻影と戯れるのじゃ。 幻影を楽しむのも面白いもんだぞ。 ワン」
「覚めた自覚がないのですが……?」
「一度魂の領域で覚えたことを、忘れることできるか? 頭で理解したものは忘れることがよくある。 が、ここ胸で覚えたことは忘れない。 ワン」
こうして二人の問答は幾度となく繰り返された。
秋の日差しが熱い日だった。
「のう、アマテル……」
「はい」
「ここに来てどのくらいになるかのう?」
「半年ほどですニャ」
「お前は、元の世界に帰る方法を知ってるよな?」
「はい、ユラユラを探せば……それが何か?」
「アマテルの母親に会ってきなさい。 そして今の生活を説明してきなさい。 心配してるはずじゃ」
「?……あっ、はい」
こうしてアマテルは色内神社の鳥居の前でユラユラを待つことにした。
「ミルさんはどうして急に母親に会えと言ったのかな?」
そしてユラユラから母の待つ世界へ戻ってきた。 半年ぶりの祝津である。 磯の香りが懐かしく感じた。 漁協の裏手にさしかかったとき後ろから声をかけられた。
「アマテル、アマテルじゃない?」
振り向いた先にいたのは黒猫のマユだった。
「マユただいまニャン」
「ただいまじゃないでしょ、今までどこに行ってたニャン?」
「ユラユラでむこうの世界だよ。 ミルさんというヨーキーに」
アマテルの話を途中で遮った「なにそのユラユラって? そんな事はあとでいいから、早くお母さんのところに行ってあげなさい」
「早くってどういうこと?」
「アマテルがいなくなってから、心労で体調崩し寝込んでるニャ」
「えっ、お母さんが……」
急いで母のところへ向かった。 漁協から一〇〇メートルほど離れたところにある民家の車庫に住居はあった。 そっと土台基礎の隙間から入った。 人間の着古したスエットを寝床に横たわっている母親がいた。
「お母さんただいま戻りました。 心配かけてごめんなさい」
毛が半分ほど抜け落ち、今にも死んでしまいそうなくらい衰弱した母親が横たわっていた。 その変わり果てた様子にアマテルは心配かけたことを申し訳なく思った。
「わたし帰ったからね、もう心配しなくていいから。 だから早くよくなってね……ごめんね」
「アマテルかい? お帰り。 どこ行ってたの? 元気にしてたのかい? ちゃんと食べてたのかい?」
母の第一声がアマテルを気遣う言葉だった。
「うん、ちゃんと食べてたよ」
「そっかい、また行くのかい?」
アマテルの頭は混乱した。どうしよう……なんて言おうか?
「いや、もう行かないよ……ずっとここにいるから」
「そっかい、そりゃよかったよかった」
アマテルはそれ以外返す言葉は思いつかなかった。 こうして母親の介護に精を出し数ヶ月が過ぎ、母親の体調も少しずつ快方にむかった。
「お母さんすっかり外は冷えてきたね、ここ寒いから違う寝床探そうね!」
「お母さんはここでじゅうぶん。 ここの家の人は私たちのこと知ってて住まわせてくれてるの。 魚や肉もくれるのよ。
じっとお母さんのこと見守ってくれてるの。 こんな家ほかに無いよ。 お母さん本当に感謝してるの……」
「うん、わかった。じゃあ越冬用に暖かい布を探してくるね」
アマテルはそう言って越冬に手頃な布を探しに出かけ、漁師が船の脇に捨てた手ぬぐいを持ち帰ってきた。
「ただいま~。 これ持ってきたよ」
母親は寝ていた。持ってきた布を母親にそっとかけまた外出した。
今のお母さんの体で、本当にあの車庫で越冬できるのかな?
そんなこと考えながら漁港に餌を探しに出かけた。
久々に形のいい新鮮なサバを手に入れ急いで帰った。 サバは母親の大好物の魚だった。
「ただいま帰りました。 ニャン」
いつもなら「おかえり」といういつもの母の声がない。 魚を置いて母親に近寄った。
「お母さん。 お母さん帰ったよ。 ただいま?」
横になったまま何の反応もない。 母親は眠ったまま目覚めることは二度となかった。 アマテルは母親体を丁寧に毛繕いし無言で見送った。
三日が過ぎ「お母さんありがとう」最後の別れを告げ家をあとにした。 とりあえず漁港で心配しているニャン吉大将とみんなに報告した。
ミミが「アマテルこれからどうするの?」
「わたし、ユラユラを探してむこうの世界に行ってくる。 相談したい犬がいるからこれからのこと相談してくる」
「ユラユラってなに? 犬って誰なの?」
「ユラユラ知らないの? 一緒に銭函の帰りに二人で迷い込んだ世界を知らないの? ニャ?」
「なにそれ? アマテル大丈夫なの? 母親のことで疲れてるんだよ。 もう少し休んだら?」
「……どういう事? わたしが変?」
アマテルの頭は完全にパニック状態になった。
翌日、色内神社の鳥居の前でユラユラを待つアマテルの姿があった。
天狗山に住むことになったアマテル。 犬のミルに弟子入りし身の回りの世話もするようになった。
「アマテル! 毛繕い頼むワン」
「はい、ミル様承知しました」
ミルは母猫が子猫の毛繕いをするように、丁寧にミルの毛繕いを始めた。
ミルは目を細めながら「猫の毛繕いは気持ちいいのう……猫の舌は格別よの!」
「ミル様は毛が抜けませんね?」
「その、ミル様はやめてくれんかのう」
「じゃあなんとお呼びすれば?」
「ミルさんでよい」
「わかりました」
「我々テリア系の犬は一枚毛だから、一年中少しずつ毛替わりするんじゃ。 柴や秋田犬のように二枚毛のやつらは一度にどさっと抜け替わる」
「猫族と同じですね」
「そうかもしれん。動物は誰に教えられんでも、ちゃんと自然界の法則に順応して生きておるでのう。 雷鳥は冬になると雪のように白い羽に覆われる。 夏は岩のように茶色に変わる。 北海道の自然界に同調するように……すごいのう」
「私たち猫族もヨモやトラ柄がおります。 藪に身を潜めて獲物を狙うのです」
「ネズミは食ワンぞ」
「ハイ」
そこに、後ろからメスのマルチーズが声を掛けてきた。
「あの~、ミルさんですよね」
「はい、ミルですがあなたは?」
「あの~、ジョンといいます。長橋の犬仲間に聞いて来たんですけど、相談がありまして」
「そうですか、遠いところ大変でしたね。 そこの銀杏の木の根本にどうぞ」三匹は移動した。
「わしがミル、この猫はアマテル。 では、話を聞かせて下さい」
マルチーズは自分の置かれている環境や境遇について長々と話し始めた。 二匹はじっと話を聞いた。 ミルはマルチーズの顔色をじっと伺い、話が一息つくタイミングを見計らった。
マルチーズが「そういうわけなんですね……」
ミルは「そうですか、でもあなたの話を聞いていると、もうあなたなりの結論が出てるように思うのですが、それでいいと思いますよ」
「あら、そうですよね。 失礼しましたワン」そのままマルチーズは帰って行った。
アマテルが「どういうことですニャン?」
「今の方は、既に自分で結論をだしてるんじゃ。 その結論とそれまでの過程をわしに聞いて欲しくて、わざわざここに来た。 悩みなんて本当はなかった。 自分なりに解決できていたことに気がついたんじゃ。 それだけのこと」
「でも、わざわざここまで来るのはそれ以外に何かあるのではニャイかと」
「ない、ここに来て長々と話したと同時に、総て解決されたんじゃ。 よくあるケースよ! 解決の糸口は決まりはない千差万別。 本当は最初から問題なんて存在してなかった。みんな問題をつくる癖があるんじゃ」
「あのジョンさんは答えを知ってて来たんですか?」
「ここに来る半数以上はそうじゃ」
「半数以上もですか?」
「そう、半数以上。 いや、大方かもしれんのう」
「なぜ? なぜわざわざ?……ニャ」
「自分の結論に同意して欲しい、自分の結論を確認したい。そんなところかのう」
「でも、普通に自分の思うとおりで良いと思うニャ。 なんで?」
「そこじゃ、そこなんじゃ。 アマテルの云うとおりなんじゃが、そこに彼らの逃げがあるんじゃよ」
「逃げ……? 何処にですか?」
「わしのところに来たという言い訳よ」
「言い訳? すいませんよく理解できませんニャ」
「一応わしのところに来て相談したという事実作り。 自分で出した結論通りに行動して、思うようにいかなかった場合の言い訳作りだよ。 失敗しても原因はわしのせいにすればすむと思ってるんじゃ。 失敗したのは自分の意向でなかった。 そう考えてる場合も意外に多いのよ」
「じゃぁ、なんで言わないのですか?」
「言ってどうなるものでもない。 だから言わない」
「つまり、失敗したときの逃げ道みたいな……」
「全部が全部ではないぞ、考え抜いたあげく意見を聞きに来る者も当然いるからのう」
「さっきのマルチーズもですか?」
「うん、名前も名乗らず一方的に好き放題いって帰って行っただろう。わしと話した事実がほしかったんじゃ! ワン」
「なんか……不思議な気持ちです。ニャア」
「そんなものじゃ、わしも知った上でやってるからなんとも思わワン」
「ミルさん、やっぱりすごいですね!」
「べつにすごくはない……経験だよ経験」
それから何度か同じような相談事を受けるミルの応対の仕方を見て、アマテルなりに理解できるようになった。
ある時アマテルはミルに「先日、『答えを出してから相談に来る』というはなしなんですが、ミルさんは相談者のどこを見て判断するんですか?」
「一瞬の目の動きだけど」
「そんな一瞬でわかるんですか?」
「知るのに時間が必要か? どのくらいの時間が必要かな?」
「すみません。 愚問でしたニャ」
「ことのついでに言っておこう。 時間が必要だという思いがアマテルにある限りお前の生涯において、いつも時間が必要になる。 いつも時間が前提になる。 つまり時間に縛られる。 本来は時間なんてものは要らない。 というか無いのじゃ。 即、今だ、今しかない。 時間は錯覚。 自分やこの社会がでっち上げたイリュージョン」
「つまり幻影ですか?」
「そう幻影。 その幻影に惑わされてる」
「じゃあ、その幻影から覚めるにはどうすればいいニャ?」
「アマテルは自覚したからもう覚めたよ。 あとは幻影と戯れるのじゃ。 幻影を楽しむのも面白いもんだぞ。 ワン」
「覚めた自覚がないのですが……?」
「一度魂の領域で覚えたことを、忘れることできるか? 頭で理解したものは忘れることがよくある。 が、ここ胸で覚えたことは忘れない。 ワン」
こうして二人の問答は幾度となく繰り返された。
秋の日差しが熱い日だった。
「のう、アマテル……」
「はい」
「ここに来てどのくらいになるかのう?」
「半年ほどですニャ」
「お前は、元の世界に帰る方法を知ってるよな?」
「はい、ユラユラを探せば……それが何か?」
「アマテルの母親に会ってきなさい。 そして今の生活を説明してきなさい。 心配してるはずじゃ」
「?……あっ、はい」
こうしてアマテルは色内神社の鳥居の前でユラユラを待つことにした。
「ミルさんはどうして急に母親に会えと言ったのかな?」
そしてユラユラから母の待つ世界へ戻ってきた。 半年ぶりの祝津である。 磯の香りが懐かしく感じた。 漁協の裏手にさしかかったとき後ろから声をかけられた。
「アマテル、アマテルじゃない?」
振り向いた先にいたのは黒猫のマユだった。
「マユただいまニャン」
「ただいまじゃないでしょ、今までどこに行ってたニャン?」
「ユラユラでむこうの世界だよ。 ミルさんというヨーキーに」
アマテルの話を途中で遮った「なにそのユラユラって? そんな事はあとでいいから、早くお母さんのところに行ってあげなさい」
「早くってどういうこと?」
「アマテルがいなくなってから、心労で体調崩し寝込んでるニャ」
「えっ、お母さんが……」
急いで母のところへ向かった。 漁協から一〇〇メートルほど離れたところにある民家の車庫に住居はあった。 そっと土台基礎の隙間から入った。 人間の着古したスエットを寝床に横たわっている母親がいた。
「お母さんただいま戻りました。 心配かけてごめんなさい」
毛が半分ほど抜け落ち、今にも死んでしまいそうなくらい衰弱した母親が横たわっていた。 その変わり果てた様子にアマテルは心配かけたことを申し訳なく思った。
「わたし帰ったからね、もう心配しなくていいから。 だから早くよくなってね……ごめんね」
「アマテルかい? お帰り。 どこ行ってたの? 元気にしてたのかい? ちゃんと食べてたのかい?」
母の第一声がアマテルを気遣う言葉だった。
「うん、ちゃんと食べてたよ」
「そっかい、また行くのかい?」
アマテルの頭は混乱した。どうしよう……なんて言おうか?
「いや、もう行かないよ……ずっとここにいるから」
「そっかい、そりゃよかったよかった」
アマテルはそれ以外返す言葉は思いつかなかった。 こうして母親の介護に精を出し数ヶ月が過ぎ、母親の体調も少しずつ快方にむかった。
「お母さんすっかり外は冷えてきたね、ここ寒いから違う寝床探そうね!」
「お母さんはここでじゅうぶん。 ここの家の人は私たちのこと知ってて住まわせてくれてるの。 魚や肉もくれるのよ。
じっとお母さんのこと見守ってくれてるの。 こんな家ほかに無いよ。 お母さん本当に感謝してるの……」
「うん、わかった。じゃあ越冬用に暖かい布を探してくるね」
アマテルはそう言って越冬に手頃な布を探しに出かけ、漁師が船の脇に捨てた手ぬぐいを持ち帰ってきた。
「ただいま~。 これ持ってきたよ」
母親は寝ていた。持ってきた布を母親にそっとかけまた外出した。
今のお母さんの体で、本当にあの車庫で越冬できるのかな?
そんなこと考えながら漁港に餌を探しに出かけた。
久々に形のいい新鮮なサバを手に入れ急いで帰った。 サバは母親の大好物の魚だった。
「ただいま帰りました。 ニャン」
いつもなら「おかえり」といういつもの母の声がない。 魚を置いて母親に近寄った。
「お母さん。 お母さん帰ったよ。 ただいま?」
横になったまま何の反応もない。 母親は眠ったまま目覚めることは二度となかった。 アマテルは母親体を丁寧に毛繕いし無言で見送った。
三日が過ぎ「お母さんありがとう」最後の別れを告げ家をあとにした。 とりあえず漁港で心配しているニャン吉大将とみんなに報告した。
ミミが「アマテルこれからどうするの?」
「わたし、ユラユラを探してむこうの世界に行ってくる。 相談したい犬がいるからこれからのこと相談してくる」
「ユラユラってなに? 犬って誰なの?」
「ユラユラ知らないの? 一緒に銭函の帰りに二人で迷い込んだ世界を知らないの? ニャ?」
「なにそれ? アマテル大丈夫なの? 母親のことで疲れてるんだよ。 もう少し休んだら?」
「……どういう事? わたしが変?」
アマテルの頭は完全にパニック状態になった。
翌日、色内神社の鳥居の前でユラユラを待つアマテルの姿があった。