猫のアマテル
第七夜「無法猫とユラユラ」

ヤング親方の悲惨な死のあと、港は静まりかえっていた。
次期、祝津の猫衆を治めるのはハマに決定した。 港には祝津の全猫が集合した。

ハマが「今日からわたしがニャン吉親方の後を引き継ぐことになった。 いつ札幌の猫達が襲撃してくるかわからない。
だから周囲の異変には気を配ってください。 異変を感じた場合は自分だけで判断しないで、必ず報告してください。 これからはカモメさんも協力して祝津を守っていきます。 空からの目はとっても役に立つニャン。 そこでみんなにお願いがあります。 みんなが食べる食事の中から新鮮な魚を少しでいいから、カモメさん達にも分けてほしいの。 人間の手の届かない漁港の倉庫の上に置いてほしい……」

マユが「共存共栄ってやつね」

「そういうこと。 もう、二度とニャン吉親方のような目に遭うわせたくないの……一匹も」

こうしてハマが次期親方となった。


 アマテルはいつも岩の上から遠くを眺め、カモメたちと会話を楽しんでいた。 ミミが岩の上にやってきた。

「アマテルはハマの言うことどう思うにゃ?」

「問題は襲撃を察知してからの対応ね」

「対応って……戦うか従うかってこと?」

「そう、阻止するということは戦うってこと。 共存を選択した場合、数の上で札幌猫が有利だから、祝津は札幌猫が仕切ることになるよね」

「当然よね」

「戦った場合も向こうが絶対数多いから結果はしれてる」

「ニャ……また、アマテルが出て行って追い返すってなわけにいかないの?」

「無理ね、この前は不意だったから何とかなったけど、今度はそうはいかないよ」

「でも不思議なんだけど、なんでアマテルを見てみんな逃げてしまったの?」

「うん、あれは簡単、あの猫たちの今の自分の気持を見せてあげたの」

「どういうこと?」

「人間の使う鏡みたいなもの。 私を見た瞬間すごく怖い顔に写ったのよ。 何故なら自分たちの負の心が、そのまま私の顔に反映されたからなの。 つまり自分自身に怯えてしまったの……逆に優しい目で私を見たらすごく優しい顔に見えるの。 でも、今度は私の目を見ないでかかってくると思うよ、そしたら以前のようなわけにいかないの!」

「アマテルが何でそんなことできるの?」

「それは今度ゆっくり説明するニャ」

「今度はできないのかぁ……じゃあ私たちどうなるの?」

「わたしにもわからないニャ」

二匹は遠くに目をやった。


 そのころ札幌であの悪猫達の集会がなされていた。

ゲンが「前回はあのバケ猫が邪魔しに入った。 が、今度は問答無用一気にたたみかけるニャ。 あいつの目は絶対に見るな。 悪魔が取り憑いてるかもしれニャイ。 いや、きっと取り憑いてる」

ゲンはなぜ仲間達や自分までが、一匹のメス猫ごときに尻込みしたのか理解できないでいた。 未だ見たことのない恐ろしい形相の顔が目に浮かぶ。 まったく理解できない。 不安をかき消すためにも、一気に押し込む方法を考えた。

その頃アマテルは無事に解決できる方法を岩の上で考えていた。

ミミが「ところではなし変わるけど、以前アマテルが留守していて祝津に戻った時のことなんだけどね」

「なに?」

「色内神社でユラユラがどうのって言ってなかった?」

「うん、覚えてるよ……うっ? ちょっと待って、そっか、そういう考えもあるか……ミミありがとう。 いいヒントになった……わたしと付き合ってくれない! 面白いもの見せてあげる」

こうして二匹は色内神社に向かって歩き出した。 歩いている途中でユラユラのことや、以前あったことを話して聞かせた。

「えっ、そんなことあったの? 全然覚えてないけどどうしてなの?」

「ミミの防衛本能が働いたのよ。 全然理解できないことが起きると頭がパニックになるの、そして本能的に忘れ去ることを選んだのよ。 ミミは死は怖くない?」

「別に怖くないニャイけど」

「死は必ず来ること知ってるでしょ。 でも怖くないということは本能的に死を遠くに置いてるの。 それが持って生まれた防衛本能なの。 だから怖くないの……解る? でも、ニャン吉親方が殺されたとき死に対してどう考えた?」

「怖かった」

「それは、死が近くに感じたからなの」

ミミは首を傾げながら「その防衛本能ってなに?」

「生きる力。 生命力と関係してるの」

「ふ~~ん、生命力か? わからないニャイ。 アマテルなんだかお母さんの死後変わったよね……」

「うん、大きく変わったよ、大きく……」

ミミはアマテルのことが遠い存在に感じた。 二匹は色内神社の鳥居の前に立った。

ミミが「なんか不思議と懐かしくかんじる……この感覚
なんだろう?」

アマテルは黙って微笑んだ。

ミミが「鳥居と札幌の襲撃となんか関係あるの?」

「うん、札幌の連中が小樽に攻め入ってきたら、事前にカモメさんから連絡が入るようになってるの。 そしたら祝津の全猫がこの鳥居から避難できないかなって思ったの。 カモメから連絡受けて半日の時間的猶予があれば、必ず避難できるの。 あとは潮の満ち引き次第」

「それって逃げるっていう意味?」

「そう、多勢に無勢で傷つくより避難した方がよくない?」

「なんでシッポ巻いて逃げるのよ」

「勝ち目がない戦をする気なの? 相手は無法者。 手段を選ばないの。 それよりも一回避難して時間をかけてよい方法を練り直す。 それから戦っても遅くはない。 本当は血は流したくない」

「アマテルの考えはわかった。 でもなんで鳥居に来たの?」

「むこうの世界を一度見せておかないと、かってに私たちが集団で乗り込んだら、今度は向こうの猫集がパニックおこしちゃう」

二匹はユラユラから入ってむこうの世界の猫たちの了承を取ることに成功した。 但し、滞在期間を三ヶ月にするという条件付だった。 こうして、祝津に戻りハマと他の猫たちに報告した。

ジン平が「それって逃げるって事だろ……百年以上続く祝津猫のプライドが傷つくことになるミャ」

ミミが「絶対勝ち目がないのに戦うんですか? 雄猫が全滅したら祝津猫の血が途絶えてしまうかもしれません」

「だから、その思考が祝津猫が負けることを前提に考えてるんだ……!ミャ」

ミミは「だったら、他の方法を教えて下さい。 ハマ大将はどう思いますか?」

「う~ん、今の段階では多勢に無勢。 他に攻略を考えてる暇はないニャ。 ここはミミとアマテルの案に同意した方が良さそうだニャン。 向こうにいる間に体制を整えて期を待つ。 ここで祝津猫の血を絶やすわけにいかニャイな」

こうしてカモメに見張りをたのみ、まんじりとしない日を過ごすことになった。


 カモメが「お~い、アマテルさん札幌から三十匹近くの猫が小樽に入ったよ。 あの早さだと一時間でここに着く」

「カモメさんありがとう。 必ず祝津に戻ってくるからね。
素性の悪い猫達に気をつけてくださいニャ」

こうして祝津の猫は別世界に避難することになった。 札幌猫は一時間後祝津に入った。

ヨモ猫のジョーが「ゲン大将、猫一匹おりません」

「きっと我々がくることを察知して、どこかに潜んでるかもしれんから油断するな。 ここに五匹残って他の猫は徹底的に祝津のまわりを探せ。 見つけたらここに連れてこいニャ。
抵抗する猫はその場で噛み殺せ。 ここは今から我々のもの」

その頃、祝津の猫達はユラユラを待って鳥居の前に待機していた。

潮が満ちてきた頃ユラユラが出現した。

アマテルが「みんな、このユラユラから入るのよ。 ミミの後について入って下さい。 私は最後に入ります急いで下さい……」

ミミに従って順々に入った。 最後にアマテルが入ろうとした刹那。 アマテルのシッポを噛んで、入る事を阻止する何者かがいた。 アマテルが振り返るとそこにいたのは札幌猫のジョー。 すぐ数匹の札幌猫も現れた。

「お前、あんときの猫だな。 この前は世話になったな……
たっぷり仕返しさせてもらうニャ」

こうしてアマテルだけが取り残されてしまった。

「ゲン大将、一匹見つけました 。例の変な猫です」

「チッ、あれか! 一匹だけか? 他の猫はどうした?」

「それが……幽霊みたいに消えました?」

「消えた?幽霊?馬鹿かお前は、ジョーを呼べジョーを」

「もうすぐその猫を連れて戻ります」

そこにアマテルを連れてジョーが戻ってきた。

「ゲン大将ただいま帰りました」

アマテルに向かって「おう!お前か……」ゲンは目を合わせずに言った。

「私はアマテル。なぜこんなまねをする!」

「無用な問答はしニャい。俺たちはここに住むそれだけだ」

「ここは我々祝津猫が昔から住みついている場所。 住みたいのならそれなりの挨拶というものがある。 あなた達のやってることは強奪よ!」

「何とでも言え。 今日からここは俺たちのもの」

「なぜ札幌を追われたかわかるの」
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