Beast Love
(……はっ! そうだ、見惚れてる場合じゃなかった。私もそろそろ出番だし、準備しなきゃ……)



主人公の自殺した理由が、部下の裏切り、リストラ疑惑の浮上、恋人との喧嘩が原因で、自殺に踏み切った……という事実が明らかになっていく大事な場面。


私の出番は、この恋人との喧嘩のシーンだ。



キャバ嬢のトオルくんとの絡みを終えたマサトはそのまま暗転した舞台に残り、トオルくんが駆け足ではけてくる。


(……よしっ、行くぞっ)



「天音さん、気楽に楽しもう」


戻って来た人気者にすれ違い様にハイタッチを求められ、条件反射で片手を挙げた。


「と、トオルくんもまだ出番あるけど、ひとまずお疲れ様っ」


慌てた口調で喋る自分の声と、ぱちんっと音を鳴らす手のひら。


この人は、相手のことをよく見ている。


欲しいと思った通りの言葉を、私に与えてくれる。



「ああ。天音さんも、ファイト」



指定の位置にしゃがみ込んでスタンバイすれば、再びライトが点けられた。


演者を照らし出す光が、マサトの姿を追っているのが分かる。


(うぇ〜〜、緊張で吐きそう……)

キッチンを模したダンボール箱のセットの中に隠れて床を見つめたまま、何百人もの視線を感じてしまい、中々顔を上げることができない。



(ヤバい。案の定、台詞が飛んでしまった……)



セットの向こう側ではマサトが淡々と役を演じている声が聞こえる。


(そろそろ、姿を見せなきゃ……)


意を決して、練習通りその場に立ち上がると……
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