Beast Love

平常心を装いながら家の前まで送り届けてくれたトオルくんに、「またね」と別れを告げた。



やけに疲弊した身体を引きずり、大きなため息を吐いて玄関の扉を開く……が、しかし。



扉はガッと意地悪な音を鳴らして、開かず。


「あれー? 鍵が閉まってる?」


おばあちゃん、どこかに出掛けてるのかな。


首を傾げながらポストを覗き込み、定位置に置いてある鍵を取り出して玄関を開けた。



「ただいまー」


静まり返っている空間に、ただ寂しく声が吸い込まれていく。


出汁をとる夕飯の匂いも、鍋が煮える音も、なにも感じない。


訝しながら台所へと向かうと、テーブルの上には1枚のメモ用紙が。



『演歌のコンサートに行ってきます。帰りは遅くなるから、冷蔵庫に入れてあるおかずを温めて食べるんだよ』


「あーっ! そうだ、おばあちゃん今日は大好きな演歌歌手のコンサートに行くって言ってたなぁ〜」



……っと言うことは、夜遅くまで今日はひとりかぁ。


寂しいなぁ、とつぶやきなら電源を入れたテレビは、数秒後に画面に光が灯る。



「はぁ。おばあちゃんが帰って来るまでに、先にお風呂入っとこ」



自室に鞄を放り投げ、私はせっせと入浴の準備に取り掛かる。

< 324 / 548 >

この作品をシェア

pagetop