Beast Love
伏せていた瞳をゆっくりと開いた宇佐美教員の目に、後悔など微塵も映っていなかった。


「私たちの命は、火事の起こったあの日……誠司さんに助けてもらわなければ、存在し得なかった命なのにね」



コトン、っと置かれたカップの中では、濁りのない黒が揺らめく。



「だから、誠司さんが愛したものを守ることも……私たちの使命よね」



「ああ、同感だな」


大人になるにつれて、提出する書類やかかる金額が多くなっていく。



その人に出会えた奇跡への意識は、稀薄になっていく。



……そんな世の中だからこそ。



「マサトの手術にすべてを賭けて寄付したことに、後悔なんてないわ」



宇佐美教員は、はっきりとそう言い放った。


店内には、心地よいクラシック調の音楽が揺蕩う。
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