小説請負人Hisae
6「ミルキー」

Hisaeが外出から戻り、PCを開くと着信があった。

Hisae様

最近、十三年間飼った愛犬のミルキーが他界しました。 ミルキーが人間の意識をもったシチュエーションで書いていただけないでしょうか?
犬宮

犬が人間の意識か? うん面白いこれのった。

「お引き受けしたいと思います。希望のストーリーがありましたら教えて下さい。それと犬宮さんの家族構成とミルキーから見た順位を聞かせて下さい」

返信が来た。ありがとうございます。家族は四人家族、長男と二男とその彼女です。

順位は、主人、母親、二男の彼女、ミルキー、最後は同格で息子二人。好きな食べ物人間の食べるものと犬用ジャーキー。
犬宮


Hisaeは思った。犬の目線か……面白い取り組み、早速執筆に取りかかった。


「ミルキー」

私がこの家にきたのは十三年前の秋。ペットショップのペンペンで私は売られてたの。 確か十一万円ほどで安売りセール期間中とかなんとか。この私が安売りされてたのよ。失礼だと思わない?

で、そのペットショップに来たのが、犬宮家のお父さんとお母さん。 おなじケージにもう一匹オスのヨーキーがいたの、  
こいつがまたせわしないの、だから誰でもいいから私をここから解放してほしかったの。

そしたら二人が来たの。 そう私が世話になる家のお父さんとお母さん。連れてってほしいと心で叫んだの、そしたらお父さんがキャッチしてくれたみたい。私をジ~と見てくれた。

店のお姉さんにわたし念を送ったの「私をこのおっさん達に抱っこさせろ」ってね……

そしたら、あの店員ったら、もう一匹のヨーキーの説明しだしたのよ。 でも、さすがお父さん、その犬には興味示さなかったの。 この時とばかりお父さんの顔をじ~っと見つめて念を送ったの、「私を抱っこして! 連れてって」ってね、
そしたらお母さんが「こっちの犬は?」って。

お姉さんがお母さんに言ったのよ「この犬はおとなしくて、無駄吠えもしないですよ。抱っこしませんか」

「抱っこ」これがお姉さん、いや、お店の殺し文句なのよね。

私、店で観察して知ってるの、抱っこした人は皆「可愛いい」とかなんとか言って飼う率が高いの。これって店の作戦よ!

お母さんに抱かれた瞬間、私、思ったの「やりっ!」ってね。
案の定私は飼れたの犬宮家に。私はこの家に来てすぐに馴染んだ振りしたの…こうみえて私って演技派だから。

瞬間この家の主導権はいただきと思った。なんせ、人の良さそうなお馬鹿夫婦なのよ。

初めて来た日の夜だったわ、初日からお母さんは私をケージに閉じこめ、自分たちはさっさとお布団で寝ようとしたのよ。 信じられないでしょ。だから「ふざけるなーって」鳴いてやったわよ。 マンション中に響くように……はは

そしたらお母さんすぐ、ケージに連れに来て、そのまま布団に入れたの。簡単、案外この夫婦単純かもね……

お父さんの方はブツブツなんか言ってたけど、私、無視してやった 。ざ
けんじゃないわよ私を犬扱いして……

お馬鹿な息子は二人とも揃って「○○でちゅ」だって、まったく私は人間の赤ん坊じゃねえし…

長男なんて、私が足のパットを舐めてくつろいでいたら、自分の汚いヘソを出してたの。だから舐めてやったの。そして思い切りヘソに菌を入れてやったわ。そしたらヘソが異常に腫れて病院送り。 笑っちゃった……。

そうだ。そのうち二男に彼女が出来て、家に来るようになったのよね。それがまた体も大きいけど、態度もでかいのよ。

で「ミルキーおいで!」って言われると、どういう訳か「ハイ!」って付いて行っちゃうのよね。彼女は魔法使い?
なんかくっついていっちゃうのよ! あとでそんな自分にむかつくんだけどね。

でも、人間なんて案外単純。 シッポ振って喜んだ振りすると人間もすぐ機嫌が良くなるの。 小さいしっぽでも振ってやると何でもしてくれるのよ。交渉ごとは簡単。

お母さんは台所にいることが多いのよね、だから足下で上目遣いに様子を伺うと「何にか食べたいの?」って向こうから聞いてくるの。こっちはなんにも言ってないのにね。
だから「ワン」って吠えるの、そしたら必ずなんかくれるのよ、単純でしょ。お父さんはなんにもしない人間だから、私が眠い時には最高。 あのだらしない腹が私の枕代か布団代わりなの。 それが暖かくて気持ちがいいの、私一枚毛だから冷え性なの。人肌がちょうどいい……

「天敵いるかって?」

私にも天敵はいるわよ。 たまに遊びに来る蛯子のアクビ。あの犬は無神経女だから苦手なのよ、コナちゃんは無害だけどね。そんな私も十歳過ぎたころから体がしんどくなってきたのよ。 年に2回程発作も経験したわ。そん時は死ぬかと思ったわよ。年のせいか耳も聞こえなくなってきたし、目もかすむようになったの。

でも、この家に来て心の底から良かったと思ってる。 みんな優しいのよね…… 食べ物にも不自由しないし、因みにアクビとコナは味けのないドッグフードだけよ。私だったら絶えられないわね。

あっ、長男が学校から帰ってきた。

「ミルキーただいま。待ってたの?」

「私、待ってネェし。用事もネェし……」

「ど~れ」息子は顔を寄せてきた。

「こっち来るな。来るな。いやだ。噛みつくぞ、こら!」

「うれしいの?どーれ」

「勘違いするなってば、嬉しくないし。ハッキリいって嫌だ」

「ミルキーなんか食べる?」

「食べる、食べる、食べる。なんかちょうだい」

私、自分で自覚してるんだけど「食べる?」という言葉に弱いのよね……恥ずかしいけど。

たまに「ミルキーを甘やかしたら駄目でしょ」母親が息子に言うのよ。

「なにそれ?おばんうるさい……ウザイから黙ってろ!」

母親が息子に「ミルキーがこれ以上、太ったらどうすんの?」

「身体のこというな。母さんあんたもなかなかのものよっ! 
そんなことより太ってもいいから……なんかちょうだい」

「ミルキー駄目!」

「お母さん。あんた、うざいんですけど……ウザッ! 噛みついてやるからね。シッコも廊下で垂れてやるからね、私、知らないから…」

「ミルキーあっち行きなさい。しっ」

お母さん、今にみてなさいね。私、あんたより上にいってやるから。 寝よっと。お父さんは何処……? あっちの部屋? いた。お父さんと寝る。だっこして!」

「ミルキーおいで」

「お父さん、とりあえず舐めてやろう」

ミルキーは犬宮家の人間関係において、親子関係を取り持つ潤滑油のような存在。 子供にとってミルキーは兄弟でありわがままな妹でもあった。

当のミルキーは、息子2人は目下の存在でしかなかった。 家では我が物顔で振る舞い、外では借りてきた猫のように誰かに寄り添っていた。 その辺のプライドやポリシーは欠落していた。

私は外面がいいのよ。おとなしくしてると「まあ、お利口さんね」だって!

ちゃんちゃら可笑しいわよね、人間って案外単純かも……

人間との付き合い方を覚えたらあとは簡単。幾つかのパターンを使い分ければいいの。

トイプードルのアクビはその辺がまだ全然解ってないのよ。だから考えすぎて毛が抜けるの……アタシの目から見ると、まだまだ甘ちゃん。

そこ行くと同じ犬種のコナは、面倒くさいこと全然考えてないから気楽なもん。ある意味、悟ってるよあの娘。

年に数回、お父さんの実家にコナとアクビと私が一緒に泊まるのね。3人でお互いの近況報告するの。

いつも、アクビは愚痴ばかり言うのね。あの娘、ストレス多いみたい。

コナが言ってたの「家に赤ちゃんが来たの。だから私は上ばかり見てるから首が凝って疲れるの」って。

そう云うから「肩もみして上げようか?」って言ってあげたのね。

そしたらコナったら「いいの、私、他人に頼らないから」だって……意味、分かんないでしょ。

腹立つたから「じゃあ話すな」って言ってやったわ。そしたら話題を急に変えて今度はアクビが聞いてくるのよ。

「ミルキーの食べ物って人間と同じ物でしょ、美味しいの?」

今、そんな話題じゃないでしょ、この二匹は何なのよ? アクビの神経も解らない。 でも私はお姉さんだし大人。答えたわよ。

彼女らの事情は知ってるから「人間の食事って美味しくないよ」って答ええたの。

本当は私があんた達に聞きたいわよ「そんなんで飽きない?」ってね。

話変わるけど。この前コナに会った時、彼女が「ミルキー最近どう?」って聞いてきたのよね。

コナってやることも変わってるけど、言うことも変わってるの。

「相変わらずだけど」って言ったの。

そしたらあの娘ったら「ミルキーって毛の艶がなくて苦労してそうだから、大丈夫かなって思って……」あいつ、この私にそんな口聞いたのよ。

いくら温厚な私でもむかついたの。
だから言ってやった「コナこそ腰疲れてないの? 内股でばっかり歩いて……」ってね。

そしたらあいつ「ミルキーこそ、太ってるから足腰痛そうね」

そう言うのよ、私、もういやっ。最近の私は犬付き合いが面倒くさいの。


ある時突然ミルキーは自分の死期が来たことを悟った。

みんなありがとうね。そろそろ私は他界するわ。
その時がせまってきたよう。

本当にありがとうございました。
みんなのこと忘れませんから。

悲しまないでちょうだい。
わたし幸せでした。じゃあね。

ミルキー13歳1月2日の事だった。

END

犬の目線ってこんな感じ?製本して送った。

感動しました。この本はあの子そのものです。ありがとうございました。


Hisaeは久々に朝早く起きた。急に散歩がしたくなり近くの公園に向かった。

公園近くで青年とすれ違い、その後でその青年が「ねえオバサン」と声をかけてきた。

無視して歩いていると「オバサン」とまた声がした。

誰のことかとその声のする方を振り返った。高校生くらいのその若者がHisaeの方を見ている。知らない青年だったけど、一応こっちを見ていたので

「私?」と自分を指さした。

青年は軽く頷いた。次の瞬間、腹が立ったので「なに!」って語気を荒げて言ってやったのよ。

そしたらその青年「チャック、チャック」って言うのよ。そう、ジーパンの前が開いていたのね。

自分が恥ずかしくってその日は立ち直れなかったわ。なんでこんなこと話したかって?

前触れが長くなったけど、その事があった日の夕方、これから話す小説の依頼があったの。思い出に残る依頼の一つなの……

END
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