小説請負人Hisae
7「ピュアマインド」

Hisaeのもとに依頼のメールがあった。

Hisae様

初めてメールいたします。今から話す内容の小説をお願いしたくメールいたします。

それは私の兄の話です。 兄は中学校卒業直前に他界しました。

昭和三十二年にこの世に誕生し十五歳で他界するまでの短い生涯でした。

兄は自閉症という障害を持って生まれました。何故この世に生まれる必要があったのかと思う程、純粋な魂の持ち主だと、今でも私は思っています。

我が早乙女一族に兄という人間が存在した証しを、本として残したくメールしてみました。

兄は昭和三十二年、早乙女家の二男として生まれました。長男の兄と妹の私の三人兄弟です。

兄は自閉症でその頃の自閉症児は今と違い閉鎖された環境で育ちました。身体的障害はありませんでした。

兄は自分から主張することをせず、性格はいたって温厚、誰からも好かれたように思います。

そんな兄にはある特技がありました。それは点描画です。兄が点で描く世界は見た人は誰もが圧倒されるほど、類い希な才能がありました。特に宇宙の絵は傑作です。

そんな兄の短い生涯を小説として書いてほしいのです。それを早乙女家に代々伝え残したいなと思いメールいたしました。
早乙女まみ

Hisaeは返信した。

メール拝見しました。私がお役に立てること光栄に思います。是非、私に執筆させて下さい。

執筆にあたって雅之さんの点描画をよろしければ拝見したいと思っております。よりリアルに作品を仕上げたいと考えます。
Hisae

後日、雅之の届いた絵をみてHisaeは驚愕した。 
その絵は予想以上の仕上がりと完成度の高さに驚いた。同時にHisaeは事の重大さを感じた。           


「ピュア・マインド」

 早乙女雅之は、昭和三十二年、東京都三鷹市井の頭に、早乙女家の次男として生まれた。

人は彼をマーくんと親しみを込めて呼んだ。マーくんは小学2年までは普通学級で過ごしたが、自閉症の為小学三年から中学の三年までを養護学級で過ごした。

マーくんは自分から主張することが苦手。 口癖は「いいよ」だった。マーくんの人柄を表わす的確な表現。

子供の頃からノートに鉛筆で絵を描くのが大好きで、暇な時はひたすら絵を描いて過ごした。

絵の題材には決まりが無く、写実的であったり空想画であったりと自由だった。そんな早乙女雅之、通称マーくんの物語。

マーくんは三鷹市立の中学校に入学した。

「私は中の島みゆきといいます。今日から君達のクラスを受け持ちます。 楽しい学校生活にしましょう。よろしくお願いいいたします」

クラスは一年から三年までの合同。

「それでは一年生から順番に自己紹介してみましょう」

マーくんは一番目の挨拶だった。

「早乙女くんどうぞ」

「マーくんです。以上……」

「マーくん早いねぇ!もういいの?」

「いい」

「そっか。はい、早乙女雅之くんです。みんな宜しくね」

クラスの先輩が言った。

「先生にいわしてる面白い一年生……先生ちゃんと自分で、自分で」

「そうね、つい私がいっちゃった。先生、バッテンだね」
みんな笑った。

数日過ぎるとマーくんはみんなと馴染んでいた。同じ小学校から来た顔見知りの先輩が多いので、馴染むのに時間は要しなかった。

「マーくんは小学校の時からずっと絵を書いてるの?」
先輩の国男が聞いてきた。

「うん。書いてます」

「マーくんの絵って写真みたいだね。上手になりましたね。みゆき先生マーくんの絵見て」

「どうれ。マーくんは何を書いてるのかな? 先生にも見せてちょうだい」

みゆき先生は絵を見て呆然とした。マーくんの絵は写真のような写実的な絵でしかも点描画だった。それも緻密に書かれており、点だけで陰などの濃淡やその他細部まで上手に描かれていた。

「マーくん、他にもあるの?このノートもっと見せてくれる?」

マーくんはサバン症候群だった。

「マーくんすごい上手だね。この絵はなにを書いたのかな?」ミケランジェロの絵のようなタッチだった。

「夢。楽しかった。とっても綺麗だった」

「マーくん、綺麗な夢見るのね…いいな、先生もこんな夢見てみたいなぁ」

職員室に戻ったみゆき先生は、美術の美神先生にマーくんの話を聞かせた。

「明日、美術の時間があるから、その時に見せてもらいます。なんかワクワクしちゃいます。サバンはテレビでは見ますが、実際にこの目で見たことありませんから」

当時、障害者へスポットが当たることはなかった。

翌日「一年生の皆さん、初めまして、私は美術の美神淳子です。宜しくお願いします」

「一年生は先生に挨拶して下さい」

「マーくんです。以上」

全員が笑った。

「また、自分のことマーくんっていってる」

美神が「マーくん、後で先生に絵を見せて下さいね」

「今日は、自分の手を好きなように書いてみて下さい」

美神はマーくんの側に寄り「自分の好きな描き方で描いて良いのよ」

側にあったスケッチブックを見て「マーくん、これ見せてもらっていいかしら?」

「は、はい、どうぞ」

そこにあったのは黒い点だけで描かれた世界だった。瞬間すごい!まさしくこの絵は天性の才能ね。これがサバンの世界観か……この夢の世界のような構図、たしかこの子達はアドリブが効かないっていわれてるけど、これは完璧なオリジナル。我々に視えない何かを視ているのかもしれない……

美神は常識に縛られている自分が恥ずかしく思えた。

1年の初夏マーくんは風疹にかかり、三十九度の熱が三日間続いた。 マーくんは自分に何が起こっているのか理解できなかった。四日目の朝、母親が額に手を当てると熱は下がっていた。慌てて体温計で測ってみると三十六.五度と平熱に戻っていた。母親は胸をなで下ろした。

「お母さん、お母さん、ノートと鉛筆下さい」

「ハイ、わかりました。でも今日は寝てなさいよ。学校はお休みです。わかりましたか?」

「ノートと鉛筆、ノートと鉛筆」

「ハイ、ハイ、わかりました。何度もいわないの」

マーくんは何かに取り憑かれたかのようにノートに点を描きはじめた。2時間ほどして母親がマーくんの部屋に入ってきた。マーくんの絵を見て驚いた。

その点描画は宇宙に浮かぶ大日如来の絵。もう一枚の絵は、聖母マリアに抱かれた赤ちゃんのキリスト絵だった。

「マーくん、どうしてこの絵書いたのですか? なにを見て書いたの?」

「夢です」

「マーくん、こんな夢見てたの?」

マーくんは点を描きながら答えた。

「うん。まだ、たくさん見たよ」

「お母さん楽しみ。もっとたくさん書いて下さい。でも、今は体力が無いからゆっくり書いて下さいね」

「体力ってなんですか?」

「体を動かすパワーよ」

「はい」気の無い返事を返しながら点を打ち続けていた。

昼ご飯を運んできた時には、部屋に数枚の絵が散らばっていた。その絵を眺めていた母親の視線が止まった。 マーくんの作風が明らかに今までとは違っていた。

「ねえ、マーくん。どうしてこんな絵書いたの?教えてちょうだい」

「夢です」

「マーくん、面白い夢見たのね」母親が手に持っていた絵は総て抽象画だった。

翌日、学校の廊下を歩いているマーくんの姿があった。正面から廊下を走ってくる生徒がいた。マーくんに接触し二人は倒れた。

「なんだお前、そんな所に突っ立てるんじゃねえよ」完全な言い掛かりであった。

事情のわからないマーくんは「す、すみません」と素直に謝った。

「すみませんじゃねえだろ…コラッ!エッ!」

「す、すみません」マーくんは怖くて謝った。

謝ってるマーくんに攻め寄った。次の瞬間、マーくんの腹に膝蹴りをした。

マーくんはその場にうずくまった。

「う~。う~」

「気をつけろ!バーカ」その生徒は走り去った。

怯えたマーくんは動けなくなっていた。その場を通りかかった同じクラスの利幸が「マーくん、どうしたの?」

「お腹を、足で蹴られました」と震えていた。

「行こう」肩を支えてマーくんをクラスに連れ戻った。

その日からその生徒によるマーくんへのいじめが始まった。生徒の名前はエイジという札付きのワル。 数日後、帰り道の途中で後ろから付けてきたエイジがマーくんの後ろから声を掛けてきた。

「おう、お前、名前は?」

マーくんは振り向いてビックリした。瞬間この前の悪夢が蘇ってきた。

「す、すみませんです、す、すみませんです」

「おい、俺なんにもやってねえだろが、俺に言い掛かりでもつけてんのか?」

「す、すみません」

「何にもしねえからチョットこっちにこい……」

「す、すみません」

エイジはマーくんの腕を強引に捕まえ、コンビニに入った。陳列してあるチョコと菓子を、廻りを確認してからマーくんのカバンに入れた。 支払いをせずそのまま店を出て、公園のベンチに座らせた。

「おい、よこせ」エイジは盗んだ物を手に取り。

「こんな物、盗んで駄目だろうが……」

「ぼ、ぼ、ぼく」

「お前を警察に連れて行こうか? お母さん泣くぞ! お前の代わりにお前の母さんが警察に逮捕されるぞ」

「だだ駄目です。ゆ、ゆ許して下さい。 ゆ、ゆ許して下さい」

マーくんは完全にパニックになった。

「わかった。言わねえよ。その代わりこれからは俺の言うこと聞けよ。 解わかったか?」

「わかりました」

「今日は帰っていい、絶対、誰にも言うなよ。 誰かに言ったらすぐ警察だぞ! おまえの母さん逮捕だぞわかるな!」

「はい、言いません」

その後、このような行為は数度繰り返された。異変に気付いた母親が問いただした。

「マーくん、あなた最近何か嫌なことありましたか?」

「あ、あ、あ、ありません。言いません」

「何があったの?」

「知りません」両手で耳をふさいだ。

母親はみゆき先生に相談した。 みゆきも仲の良い美術の美神に相談した。マーくんの理解者だった。

淳子は「マーくん、最近怖いことあったでしょ?それを絵に描いてくれない? 先生が退治してあげます」

マーくんは万引きの様子やエイジの顔など数点に渡って描いた。 美神は驚いて直ぐみゆきに報告した。

「みゆき先生、この絵どう思います?」

「あっ、この生徒は三年A組の山田栄二。きっと何かあるわね?」

「しばらく下校途中、私マーくんを尾行してみましょうか」

みゆきが言った「そうね、お願いできる?」


そして、その日がきた。淳子は三十メートルほど離れて歩いた。 突然、マーくんの後ろに人影が現われた。あの絵の人物の山田栄二だった。

「おいマーくん、今日も遊ぼうぜ」

「あっ、はい……」

「今日は何処へ行く? 何か欲しい物あるか?」

「………」

「まぁ、いいか。俺についてこい」

二人は本屋に入った。淳子は柱の陰から二人を見ていた。
店員がいないのをエイジが確認し、そして週刊誌を取り、マーくんのカバンに入れた。 急ぎ足で2人はレジの反対側から店を出た。
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