小説請負人Hisae
香織はまた夢を見ていた。新聞の一面の見出しが目に入った。「SMO電気、経営破綻」の文字が大きく目に入った。
SMO電気、突然の経営破綻。従業員約一万五千二00人は今月末をもって解雇という新聞見出しであった。横には小さく、従業員の五〇%はSANY電気が引き受け検討か?
香織は早速ブログに書き込んだ。
3日後、TVの臨時ニュースで「SMO電気、経営破綻」の速報が流れ日本中の話題となった。
「あら又また、当たってしまったみたい……」
PCを開き「夢日記」ブログを覗いてみると炎上していた。
「何で事前に解るの?」
「お前が影で糸を引いているんだろう」
「何の占いですか?」
「あなたは誰なの?」
などなど訳の解らない数百の書き込みがされていた。香織はすぐに書き込み禁止の処理をした。「今後は雑音無しの一方通行ね。もっとたくさん書こうっと」
Hisaeが呟いた「今度は明るいニュースもいいわね……そうだ、思いついた!」
店で客のグラスに酒を注ごうと手を伸ばした時だった。香織が体勢を崩して横にいた客の手に触れた。その瞬間「俺はついに透明の金属を開発した。もしかして俺はノーベル賞受賞か?」伝わってきた。
香織は思わず「開発、おめでとうございます」と無意識に口にしてしまった。
客は当然怪訝な顔をして香織を凝視していた。
「しまったっ!」不用意に言葉を出してしまった。
客は「えっ? 何がおめでとうなの?」
香織はすかさず「ごめんなさい。お客さんの顔を見たら何かとっても嬉しそうな表情だったので、きっと何か良いことがあったに違いないと思ってたら、つい言葉に出てしまったんですぅ。ごめんなさい」
「そっか。僕の顔に出てたかな? 君、洞察力あるなぁ…」客の顔は確かに二ヤついていた。
「あんたの顔を見たら誰でも解る」と香織は思った。それから数日後「広島大学にて、世界初の透明金属開発!ノーベル賞候補か?」とニュースで放映された。さすがに香織はこの件はブログには載せなかった。
Hisaeは手を止めた。今日はこの辺でお終いにしようっと。それにしても小説とはいえ、こんな発明品があったら世界が変わるだろうな。
発想のアメリカ・技術の日本か…これって的をえてるよね、よし今日はもう寝る!
翌朝、Hisaeは夢にうなされて起きた。なんだ? 今の夢は? 夢の内容はこうだった。
夢の中でHisaeは新聞記者をしていた。
今日はやけに忙しいなあ「鳥インフルエンザが九州に上陸。少なくとも九州の全養鶏場の約三〇%で感染し鶏は殺処分された。数万羽処分」
「大変なことになったもんだ」その記者会見場にHisaeはいた。
目が醒めたHisaeは「うん?えっ? これ良い題材。 私はもしかして天才?」と思った。
コーヒーを入れ食パンを頬ばりキーボードを叩いた。
香織はまた夢を見た「九州地方で……」
Hisaeの見た夢を「香織」に置き換えて小説に書いたのだった。こんな調子で5日間でHisaeは 「香織の黙示録」を半ば完成させた。
香織は人と違う自分がだんだんと怖くなってきた。もう、ブログ更新を辞めようか、事前に世の中に起きる事が解ったからと云ってどうしたというの?別に私が惨事を防げる訳でもないし……すっかり自己嫌悪に陥ってしまった。
そんな時、ANNAからメールがあった。
「何してますか?時間があったら店前に食事どう?」
返信した「いつもの時間にいつもの場所でどう?」
行きつけのレストランに二人はいた。
「ねえ香織、最近浮かない顔してるけどどうかした?」
「私、精神科に行って相談しようかなって考えてるんだ。自分が怖くなってくるのよね」
「例の予知のこと?」
「うん、怖くなって、寝るのが辛くなることもあるんだ」
「その予知って自分で視ようとして視えないの?」
「できない。占い師なら視たくない時には視なくてすむけど、私の場合は自分の意志関係なく勝手に視えるの、その場にいることもあるんだ。全くコントロールきかないの」
「そっか……香織いっそのこと本にして出版したら?」
「ANNAちゃん、冗談辞めてよね」
「ごめん、ごめん」
次の瞬間、香織は又ビジョンを視た。
「話変わるけど、最近犬飼った?」
「えっ!私まだ香織に言ってないよね…」
「ANNAちゃんすぐ家に帰って、子犬がANNAちゃんのベッドの下で血だと思うんだけど、赤いもの吐いてるのが視えるの…お勘定いいから早く帰ってやって!」
ANNAはすぐ店を飛び出してタクシーを拾った。
2時間ほどしてメールが届いた「さっきはありがとう。犬のpinoがグッタリしてたの、すぐ病院に駆けつけてレントゲン撮ったの。とりあえず命に別状ないみたい。ホッ! でもおう吐物を検査したら細菌が見つかったの、母犬からの胎内感染の可能性かもしれないって。悪いけど今日一日念のため犬に付いててあげたいから今日お休みします。マスターに連絡したからお店お願いします。 香織の能力、本当に凄いよ! 感謝感謝!その能力が人助けに使えるといいのにね。
香織、本当にありがとう」
香織はこの能力が初めて人の役に立ってよかったと実感した。
「人の役に立つのもいいね」Hisaeは呟いた。キーボードを叩く手を止め思いをめぐらせた。
「さてさて? 最後はどのように締めようか? 香織が宗教組織の教祖? or街で人気の占い師? or占いBARのママ? それとも預言を駆使した小説家? なんかどれもベタよねぇ~最後は謎の予言を残し香織は姿を消した。よっしゃ、これで行こう。やっぱ私は天才だ!」
最初の予言から二年が過ぎた。年の瀬という季節がら店は忘年会の二次会などで大忙し。香織とANNAが店を出たのは二時を過ぎた頃だった。街は、タクシーを待つホステス、千鳥足の客、雪降るススキノは人と車が入り乱れていた。
「明日で店は終了ねぇ」ANNAは手袋をはめながら香織に話しかけた。
「そうね、一年はあっという間。ANNAちゃんは帰省するの?」
「私は犬がいるから今年は帰らない。香織は帰省しないの?」
「私は列車のチケット買ってないから、元旦辺りに帰ろうかなと思ってる」
その後、2人は各々タクシーを拾って別れた。
翌日の店は昨日と比べ、かなり空いていた。マネージャーが「ANNAちゃん、チョット良いかい?」
「はい、何ですか?」
「香織ちゃん、もう九時なのにまだ来ないし、携帯にも出ないんだけど……何か聞いてない?」
「昨日別れるときは、何も言ってなかったけど…私、メールしてみますね」
十一時頃、マネージャーが「ANNAちゃん、香織ちゃんからまだ何も言ってこないかい?」
「はい、どうしたんだろう?」
「マネージャー、私、心配だから今日は上がらせてもらっていいですか? 香織ちゃんのアパートに様子見に行きたいの、ダメですか?」
「そうしてくれるかい? 今日はもう客も来ないと思うから。結果だけ電話してくれる?」
「はい、じゃあ上がらせてもらいます」
着替えたANNAは小声で「マネージャー、よいお年をお迎えください」
マネージャーは軽く手を振った。 店を出たANNAはタクシーを拾って香織のマンションに直行した。
ピンポーン・ピンポーン
何の応答もなかった。
ANNAは管理人に事情を話し部屋の鍵を開けてもらった。
「香織ちゃん、お邪魔します。香織ちゃん……?」
暗い部屋からは何の応答もない。
「入りま~す」
部屋の電気を点けた。部屋は綺麗に整頓されていて、何にも変わった様子はない。
「管理人さん、いつもの部屋と変わりはありません。テーブルにメモだけ置かせてもらいます。いいですか?」
「はい、どうぞ」
メモには走り書きで「香織へ、何時でもいいから電話ちょうだい。ANNA」
ANNAは部屋を後にした。マネージャーに報告し家路に着いた。
年が明け、3日の朝ANNAの郵便ポストに手紙が一通あった。差出人は香織からだった。封筒から取り出して読んだ。
ANNAちゃん、明けましておめでとう。
突然の手紙でごめんなさい。
私はしばらく旅に出ます。
わがまま言ってごめんなさい。
店のみんなにも宜しく伝えて下さい。
特にマネージャーには申し訳ないことをしたと思ってます。(マネージャーにも手紙書いておきました)
私が最後ANNAちゃんと別れた後に、衝撃的なビジョンを視たの……それが真実なのか?
私の錯覚なのか確かめるために旅に出ることにしたの。
詳しいことは今は言えないけど、ハッキリしたら連絡します。 ごめんね
これからの日本、いや世界に関する事でもあるの、だからもっと深く知ってみたいの、じゃあまたね!
ANNAちゃんへ 香織より
ANNAは意味が解らなかった。理解できることは、香織が誰にも告げずに、急に店を辞めて何かを探しに旅に出たという事だけだった。
余韻を残したまま終了。こんな具合でどうかしらね、昔のアメリカSF映画みたいかしら?
Hisaeは手を止めた。
よし、後は製本して引き渡し。この世で一冊の本。喜んでくれるかな?
残り半金が古屋敷香織から銀行口座に振り込まれ、製本された本は古屋敷香織に送り届けられた。
「よし完了! まいどあり、金が入ったしここらでヘアーサロンKONAにでも行って気合い入れていい女になってくるか!アハ!」
Hisaeは気合いを入れKONAのドアを開けた。
「KOHEI君いる? KOHEI君」
スタッフが「あっハイ! おります、少々お待ち下さい」
出迎えた受付の娘はスタッフルームに入っていった。
「KOHEIさん、例のオバサン来てるわよ」
「例のオバサンって、例の?」
「そう、例の小説家の……」
KOHEIは「今日は休みって言ってよ」
「無理。今、連れてきますって言っちゃったんです」
「あ~~ぅ。きっと小説のお金入ったんだ」
「Hisaeさん、いらっしゃいませ」KOHEIは愛想をふりまいた。
「よっ!久しぶりね、KOHEI君。元気だった?」
「はい、僕はいつも元気です。おかげさまで」
「また、始まった、KOHEI君。僕はいつも元気です。でしょ!おかげさまでって、おかしな日本語使わないのね、何のおかげなのよ?」
HisaeはKOHEIの喋る接客の言葉遣いにはいつも厳しかった。
「あっハイ!」
「で、今日はどのような髪型にします?」
「します?じゃない。いたしますか?とか、又は、なさいますか?でしょ!」
「あっハイ!」 店のスタッフは大笑いした。
「当然、Hisaeカットよ!」
KOHEIは髪を触り始めた。
「また、黙って触った。失礼しますとか、ないわけ?」
「し・し・し・失礼します」
「しは1回でいいの」
KOHEIは完全にてんぱっていた。
それから十日過ぎた頃、テレビに緊急速報が流れた。
「本日未明、現職参議院議員で民和党の山田国男氏が何者かに狙撃され死亡」と報告された。
えっ!うそっ!ほんとに?私が香織さんに書いた小説とほぼ同じだ?
これを偶然の一致というのね。そう言う事ってあるのね……寝ようと……
それからさらに数日が過ぎた。夕方のテレビニュースに地震予告の一報が入った。
数秒後軽い揺れを感じた。