Pino(短編小説)
二「石と手紙」

東京都三鷹市井の頭、閑静な住宅地。 高校生の神居誠十八才(通称ドリル)は日課となっていた散歩で井の頭公園に来ていた。  

今日も平日だというのに多くのカップルが公園を散歩したりボートに乗ったりで楽しそうにしていた。 ここ井頭公園は学生の街。吉祥寺駅から歩いてすぐの公園で、昔から人気のデートスポットでもある。

ドリルは井之頭辨財天堂でお参りするのが日課であり散歩コースになっていた。 今日も夕方の散歩し辨財天堂に手を合わせた。庚申塔の方に目を向けた時、塔の下に何やら紫色の卵形の石をみつけ、それが光った様な感じがしたので近寄った。 確かにその石は他の石とは違い、自ら光を発してる様に感じられ、ドリルは恐る恐る左手でそっと拾った。 一瞬、左手に電気が走ったようにチクチクと感じられた。 

ドリルは帰ってからゆっくり確かめようと、そのままリュックに石を無造作に入れ散歩を続けた。 一時間程の散歩を終え帰宅したドリルは手を洗い、その石も一緒に洗おうとリュックから取り出し洗った。 

自分の部屋に戻り窓サッシの下に石を置き乾かした。 ドリルは趣味、お気に入りのヤイリー社のフォークギターを取り出し、今練習中のレッドツェペリンの天国への階段を弾き始めた。 弾き始めて五分ほど経った頃、窓が小さく振動し始め何やら振動音がした。 
なにが起きたのか解らず、ただ呆然とギターを抱えたまま見入っていた。 

石は振動と同調するかの様に光り、その光には微妙な強弱が感じられた。 不思議な事もあるものだと石を手にしたその時、後ろからいきなりの声がした「こんにちは。 こんにちは……」と繰り返し声が聞こえたのでドリルは声の方を振り返った。

瞬間「えっ……?」ドリルは声を発した。 部屋に緊張が走った。 

そこにはドリルの知らない何者かが立っていた。 

「ど・泥棒……?」ドリルは声にならない声で叫んだ。 

その存在は「こんにちわ。 驚かないで、突然ごめんなさい」

ドリルは「あなたは誰? 何でここにいるの?」 

ここまで話すのが今のドリルには精一杯だった。 

その存在は「突然済みません。 私はファイと申します。 

あなたが先ほど拾ったその石の事で、私は百五十年ほど未来の日本から来ました」

「百五十年……? 未来?」

「あんた、頭大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。 納得出来ないですよね。 証明するしか方法はないわ。 今日あなたはもう一度、井の頭公園へ行く事になります。 そしてサンロードを二往復します。 今はそこまでしか解りません。 明日また寄らせて下さい同じ時刻にきます。 また来ます。 その時は信じてくれると思います。 ほ、本当に失礼しました。 突然でお許し下さい。 じゃあ!」ファイはその場から消えた。

ドリルは「今のなに? ひとりで勝手に語って、なんで勝手に帰るんだよ? まったく。 腹立つ、急に部屋に入って来て信じろと? ふざけるじゃねえよなまったく。 絶対、公園なんて行かねえし……」 

ドリルはぶつぶつ呟きながらまたギターを弾き始めた。 しばらくして母親からメールが来た。 

「井の頭線不通になった、タクシーが全然走ってないので拾えない。 すまないけどサンロードに迎えに来て荷物持って欲しい。マコトへ。 母より」

「何だよ、吉祥寺か……」

ドリルは吉祥寺にむかった。 サンロードに入ってから待ち合わせ場所に直行した。 そのまま荷物を持ってサンロード入口を出た時、母親が「マコト申し訳ない。西友で買いをし忘れた物があるの。戻っていいかい、ごめんね……」 

「ああ、かまわないよ。 行こう」 そう言った時ファイの言葉が脳裏をかすめた。 

「まじかよ? あいつの話しそのまんまかよ?」 

ドリルは好奇心と同時に何なんともいわれぬ不安を憶えた。

翌日ドリルはいつものように学校から戻り日課の散歩をこなした。 途中、井之頭の辨財天堂で昨日の事を思い出し帰宅した。 内心ドリルはいくつかの質問を考えていた。 

そしてその時が来た。 昨日のように紫の石が微細な振動を始めた。 突然、霧のような揺らめきの中からそれは現れた。 

「こんにちわ。 昨日はごめんね、ドリル」  

もう呼び捨てかよ? ドリルは妙に馴れ馴れしいと思った。 

「こんにちわ。 昨日、君の言った通りになったから話を聞くよ……」

「そう、信用してくれたんだ。 ありがとう」 

「いや、まだ半分ですけど」ドリルが返した。 

ぶっきらぼうに「で、話しってですか……?」ドリルは言った。 

「実は私がここに来た理由は、この手紙なんだ」ファイは手紙をドリルに渡した。 その手紙の宛名は同じクラスの板垣久美子だった。

「……?」ドリルは皆目見当がつかなかった。 

「ねえ、ファイさん。 これどういう意味?」当然の質問であった。

「僕のことはファイと呼び捨てでいいよ。 じゃあ、これから説明するよ。 この差出人は板垣久美子さんのおばあちゃんのトメさんで、板垣久美子さんへの手紙なんだ」

「えっ? 確か、お婆さんは昨年亡くなったって聞いたけど?」 

「そう。 そのトメさんなんだけど、彼女へひとつ言い忘れたことがあったらしく、僕は彼女へ渡してくれるように頼まれたんだ」

「なんで君が?」ドリルは首を傾げながら聞いた。

「ドリルがその石の持ち主になったからなんだ。 その石には太古の昔からある役目があるんだよ。 その石を所持した人間は霊界とこの世との伝達人の使命が科せられるというものなんだ。
 
以前の持ち主は高齢のため他界したんだ。 遺族はその使命を知らないまま昨日の井之頭辨財天堂に棄ててしまったんだよ。 もう五十年も前の事だった。 そこへドリルが昨日通りかかり、その石と五十年ぶりに君が縁を作ってしまったんだ……」

「なんで僕なの?」 

「ドリルはその石を洗う時に可哀想と思った。 それでその石は君を選んでしまったんだ。 君と石が同調したのはその石の意思だったんだ。 君が石に選ばれたのさ」

「石の意思? ダジャレかよ! 僕、勝手に選ばれても困るんだけどな……」 

「ここは、不運だと思ってあきらめてくれないあ」 

「まっ、大体のことは解ったけど、その手紙を板垣さんにどう説明して渡すの?」

「方法は二つあるんだ」

一つは彼女の夢に侵入して渡す方法 
 但し、夢から覚めると忘れやすいというリスクがある 

二つ目は彼女に直接手渡す方法
 但し、受け取ってから三分以内に読んでしまわないと手紙は消滅してしまう。 

「直接読んで聞かせる方法はどう? 一番簡単で早いと思うけど」

「じゃあ、その手紙読んでごらん?」

ドリルは手紙を広げた。 言葉に詰まった。「……?」手紙は白紙だった。

「ねっ、解った? 第三者は宛先しか読めないのさ」

「とりあえず三分以内に読むように伝えてこれ渡すよ。 でも板垣さんになんて言って渡そうか? 渡す切掛けが難しいよ。 ファイも考えてくれよ……」 

「それがドリルの今後の仕事になるんだ。 だから頑張って」そう言って消えた。

翌日の放課後、板垣久美子を校庭の裏に呼び出した。 

「ドリル君、私になにか用でも……?」 

「こんなこと信じてくれないと思うけど、板垣さんの去年死んだお婆さんからの手紙を、あるルートであの世から僕が預かったんだ。
それで受け取ったら三分以内に呼んでほしい。 それが過ぎると手紙が消滅するんだ」ドリルは言い終えてホッとした。 

「何それ……? なんで私のお婆ちゃんなの?」 

「何か君に言い残した事があったらしく、それが重要なことだったみたいで、今回、僕に依頼されたんだ。 僕もなんで僕なのか解らないけど……」

板垣久美子は半信半疑で手紙を受け取り素早く読んだ。 しばらくして彼女の目から涙が頬を伝って落ちた。 そして手からその手紙が消えた。 

「板垣さん、どうだった? 大丈夫?」

「ドリル君ありがとう。私、お父さんの事で長年悩んでいた事があったの。 この手紙で私の誤解だったと解ったわ。 それをお婆ちゃんが気にしていて、生前私に話して聞かせようと思ってたらしいわ。 それが出来ないまま他界したので死んでからも気にしていたみたいなの。 ドリル君ありがとう。 私、最初は半分疑ってたけど、あの手紙はお婆ちゃんに間違いないわ。 お婆ちゃんの言い回しと筆跡も同じだった。 ありがとう、ドリル君」 

「何の事か解らないけど誤解が解けて良かったね、お疲れさん」 

「でも不思議ね、あの世からの手紙なんて。 三流SF小説みたいな事あるのね」

「僕も今回が初めての経験なんだ。 だからまったく見当がつかないよ、今日の事は内緒で頼む。 面白い話があったら教えるね」

ドリルは不思議な達成感みたいなものを感じた。 これがドリルとファイと不思議な石との出会いであり、不思議な世界を旅する物語の始まりとなった。

 ある日の夕方、突然ファイが手紙を持ってドリルの部屋に現れた。 

「やぁ!いたの?」

「あっと、びっくりした……」ドリルは目を見開いた。 

「驚かしてごめん」 

「あのさあ、今度から現れる時、何かドアをノックするとか合図のようなものないの?」

「ノックする体が無いからノック出来ないし…… そうだ! その石を振るわせるっていうのはどう?」

「うん、それでいいよ」 

「これからそうするね。 今日はこの手紙を渡して欲しいんだ」

そう言いながら手紙をドリルに渡した。 

「ハイ! 水島信夫? どっかで聞いたこと…… もしかしてこの人って広域暴力団の水信会の組長と同じ名前だけど違うよね……?」 

「そうだよ」
 
「えっ! 今回はお断りします」ドリルは即答した。

「大丈夫だよ。 本人に会わなくても、もうひとつの夢に侵入する方法を試したらどう?」
 
「あっそれ、聞こうと思っていたんだよね。 どうするの?」 

「夜寝るときに左手に石を持ち、右手に手紙を持って頭の中で水島信夫って何度も名前をいいながら寝るんだ。 そうすると起きた所が水島信夫氏の夢の中っていう訳さ。 後は彼に説明してから手紙を渡す。 但し、こういう人達は夢の中でも荒っぽいのが多いからね。 ちなみに殴られてもダメージは無いけど夢の中の君は多少痛いかも。 肉体が無いからって無茶しないようにね」

「なにそれ……」
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