Pino(短編小説)
三「ガイドの仕事」
私はガイドのマーヤ。 年齢、性別すべて不詳。 というより私の世界では必要無いからありません。 当然、名前もありません。人の世での便宜上マーヤといいます。 仕事はガイド。 一般的には守護霊といわれてますが宗教的制約が多いので守護霊と表現せずガイドといいます。
仕事はこの世に生を受けた魂、つまり人のガイド役。 ガイドの仕事は、もっぱら人間の縁の下の力持ちみたいな黒子役です。
今、私がガイドを務めている人は二十六歳の女性。 名前はコナ、群馬県前橋市在住の英会話と旅とお酒が好きなごく普通の女の子。
いつもと変わらない一日の始まり「母さん、行ってきま~す」
「気を付けてね」
コナは黒の原付スクーターに乗って家を出た。 そのスクーターはちょっとエンジン改良を施したので時速八十キロほど出た。
マーヤはいつも微笑ましく上から観ていた。
でも、今日は違う。 マーヤは真剣にコナの意識に念を送っていた。 いつも通勤で利用しているトンネルが崩壊のおそれがあり、ガイドのマーヤは進路を変えるようコナの意識に働きかけた。
『コナ、その道は今日は通ってはダメ。 危険! 迂回しましょう。 あなたの人生にバイク事故は組み込まれてないの!』
ガイドのマーヤは念を送り続けた。 当のコナは鼻歌交じりで運転し、全然気が付かない。あと一キロ程でトンネル。 時間にして三分程だった。
ガイドのマーヤは方法を変えた。 進路方向に狸を誘導しコナの進路を妨害し時間を稼ぐ事にした。
「あらっ……? 犬かしら? いや違う! 狸……? 何でこんな所に? 危ないよどいてちょうだい!」
狸は道の真ん中をヨロヨロとコナの進路を妨害しようとした。
「危ない! 山へ帰えりなさい狸さん……?」
狸は愁いの満ちた目でコナを見つめた。
「この狸、怪我をしてるのかしら?」
バイクを止めた。 ガイドのマーヤは方法を変更し、心優しいコナの性格を利用した。 バイクを降りて近寄った。
「ねえ狸さん。 どうしたの? 車にはねられた? 大丈夫?」
その刹那、トンネルの方角で瓦礫が崩れる様な大きな音がした。 狸は急に飛び起き姿を消した。 コナは頭の整理がつかなかった。 事の次第を母親に携帯で報告し安心させた。
時が過ぎコナが事件の事を忘れかけた頃、会社にある男性がやって来た。 コナは靴屋の店員をしていた。
「いらっしゃいませ」
「すみません、黒いスニーカーありませんか?」
「はい、こちらです」普通の会話であった。
その男性は靴を購入し帰って行った。
マーヤは呟いた『コナ! その男性は運命の人! 思い出すのよ……!』
出会いから二日後の夜、コナは同僚三人と前橋駅前で酒を飲む事になっていた。
同僚のネネが「今夜は何処に行こうか?」
別世界からガイドのマーヤがコナに念を送った。
『味処番屋にして味処番屋!』
コナは同僚に「最近オープンした味処番屋はどう?」
「賛成! いいねえ、そこにしよう」ネネが賛成した。
三人は味処番屋に行った。
店員が「いらっしゃいませ。 三名様ですか? どうぞお好きな所にお座り下さい。 メニューですどうぞ」
コナは店員の顔を見ないでそのままメニューに目をやった。 メニューから視線をずらすとその先に真新しい黒のスニーカーがあった。
「あっ! これ?」視線を店員の顔に向けた。
「あっ、この前のお客さんだ……」
店員もコナの顔を見て気がついていた。
「履き心地はいかがですか?」コナから声を掛けた。
「はい、足が軽く仕事に最高っす」
「そうですか良かった。 またおこし下さい。 お待ちしております」。
三人は乾杯したわいない話で時が過ぎた。 そのままカラオケ店へと向かった。三人が別れたのは十時頃だった。 コナは友人のアクビがやってるスタンドバーにひとりで寄ることにした。
「アクビ元気してた?」
「コナいらっしゃい。 聞いたわよ。 トンネルの事故と狸の話」
「アクビも知ってるの? 今思うと不思議な話よね、びっくりだわよ」
二人が話し始めて間もなく一人の男が入ってきた。
「あらっ上野さんいらっしゃい。 お久しぶり」
そこに立っていたのは味処番屋の青年だった。
二人は同時に「あっ!」
アクビが「なに? どうして…… 二人は知り合いなの……?」
その様子を観ていたマーヤは『ハイ! 予定通り…… お幸せに!』
やがて二人は結ばれ、子供を授かり五人の孫にも恵まれた平和な人生を過した。 月日は流れご主人は他界し、コナも八十歳を過ぎ、人生の旅立ちの準備を無意識に始めていた。 ガイドのマーヤの世界からすると一瞬の早さであった。 その後、他界したコナを一番先に出迎えた別世界の住人はマーヤだった。
『コナお疲れ様。 今回の生でのガイド役のマーヤ。 お久しぶり』
コナにとってマーヤはかけがえのない存在だった。
ここは渋谷。 広域暴力団の水信会に属するトマリ連合の若頭カズトミ、五十五歳。 通称念仏のカズ。 カズトミの兄やんが「念仏」を唱えたら敵味方関係なくその場から逃げろとまで恐れられた存在だった。
カズトミのガイドはダイスケという存在。
今日もカズトミはよその組と縄張り争いの抗争に出向いていた。 敵対する組の若い者に、ドスで腹をひと突きされ意識不明の重体に陥っていた。 病院のベッドに横たわったカズトミはだんだんと意識が遠のき、気が付いたら意識が病室の天井近くにあり、下には血だらけの自分がそこねていた。
「なんだ……? どうなってんだ?」
『あなたは死のうとしている』 カズトミは驚いてそちら意識をやった。
「なんだてめえは……?」 目に入ったのは懐かしい感じがするけど知らない存在。
『私はダイスケ。 あなたがこの世に来てからずーっと見守ってきた。 あなたとは昔からの知り合い。 今の抗争でピストルで撃たれ肉体は死のうとしてる。 私はあなたを復活させる事が出来る。 但し条件付きで……』
「何じゃい、それは……? なめんじゃねえぜ。 まったくよう」
『そうですか、じゃあ好きにしていいです。 強制はできません』
「ちなみにどういう条件だ?」
『まず組を解散。 あなたは通訳者として余生を生きて下さい』
「通訳? バカいえ、俺は自慢じゃねえが日本語以外話せねえよ」
『違います。 あなたは今、私と会話してるように、話し相手のガイドの言葉を伝えればいい』
「俺、霊能者じゃねえよ」
『いえ、あなたは小学校まで能力はあった。 中学に入った頃、その能力を批難された事が切っ掛けで、その能力を自ら封印した。 たった一言の事で。 それからは全く聞こうとしないから自然と聞こえなくなった』
カズトミは四十年程前の事を思い出した。 そして自分が何故この世に生を受けたのかを少し思い出した。
「あっ、そうだった! 俺は通訳者として生まれたんだった……」
次の瞬間、病室のカズトミの心臓が鼓動し始めた。 看護師が走り、医者は急いで処置をした。
刑を終え、カズトミは組を解散し、しばらくは四国の田舎に籠もり、六十歳を迎えた日、全く自分と縁のない仙台市で路上に簡単なイスとテーブルを出して座った。 テーブルの張り紙には[あなたのガイドの通訳いたします] と書いてあった。
カズトミはすぐに有名になったが偉ぶる事も高ぶる事もせず、残りの人生を通訳者として貫いた。 生涯TVやマスコミの出演を拒否し、不世出の通訳者として一生を貫いた。
通訳で得たお金はすべて孤児院に寄付した。 カズトミは一月の寒い朝に誰にも看取られず亡くなった。 所持していた物は、ポケットの中の現金三千円と母親の写真一枚だけだった。
END
私はガイドのマーヤ。 年齢、性別すべて不詳。 というより私の世界では必要無いからありません。 当然、名前もありません。人の世での便宜上マーヤといいます。 仕事はガイド。 一般的には守護霊といわれてますが宗教的制約が多いので守護霊と表現せずガイドといいます。
仕事はこの世に生を受けた魂、つまり人のガイド役。 ガイドの仕事は、もっぱら人間の縁の下の力持ちみたいな黒子役です。
今、私がガイドを務めている人は二十六歳の女性。 名前はコナ、群馬県前橋市在住の英会話と旅とお酒が好きなごく普通の女の子。
いつもと変わらない一日の始まり「母さん、行ってきま~す」
「気を付けてね」
コナは黒の原付スクーターに乗って家を出た。 そのスクーターはちょっとエンジン改良を施したので時速八十キロほど出た。
マーヤはいつも微笑ましく上から観ていた。
でも、今日は違う。 マーヤは真剣にコナの意識に念を送っていた。 いつも通勤で利用しているトンネルが崩壊のおそれがあり、ガイドのマーヤは進路を変えるようコナの意識に働きかけた。
『コナ、その道は今日は通ってはダメ。 危険! 迂回しましょう。 あなたの人生にバイク事故は組み込まれてないの!』
ガイドのマーヤは念を送り続けた。 当のコナは鼻歌交じりで運転し、全然気が付かない。あと一キロ程でトンネル。 時間にして三分程だった。
ガイドのマーヤは方法を変えた。 進路方向に狸を誘導しコナの進路を妨害し時間を稼ぐ事にした。
「あらっ……? 犬かしら? いや違う! 狸……? 何でこんな所に? 危ないよどいてちょうだい!」
狸は道の真ん中をヨロヨロとコナの進路を妨害しようとした。
「危ない! 山へ帰えりなさい狸さん……?」
狸は愁いの満ちた目でコナを見つめた。
「この狸、怪我をしてるのかしら?」
バイクを止めた。 ガイドのマーヤは方法を変更し、心優しいコナの性格を利用した。 バイクを降りて近寄った。
「ねえ狸さん。 どうしたの? 車にはねられた? 大丈夫?」
その刹那、トンネルの方角で瓦礫が崩れる様な大きな音がした。 狸は急に飛び起き姿を消した。 コナは頭の整理がつかなかった。 事の次第を母親に携帯で報告し安心させた。
時が過ぎコナが事件の事を忘れかけた頃、会社にある男性がやって来た。 コナは靴屋の店員をしていた。
「いらっしゃいませ」
「すみません、黒いスニーカーありませんか?」
「はい、こちらです」普通の会話であった。
その男性は靴を購入し帰って行った。
マーヤは呟いた『コナ! その男性は運命の人! 思い出すのよ……!』
出会いから二日後の夜、コナは同僚三人と前橋駅前で酒を飲む事になっていた。
同僚のネネが「今夜は何処に行こうか?」
別世界からガイドのマーヤがコナに念を送った。
『味処番屋にして味処番屋!』
コナは同僚に「最近オープンした味処番屋はどう?」
「賛成! いいねえ、そこにしよう」ネネが賛成した。
三人は味処番屋に行った。
店員が「いらっしゃいませ。 三名様ですか? どうぞお好きな所にお座り下さい。 メニューですどうぞ」
コナは店員の顔を見ないでそのままメニューに目をやった。 メニューから視線をずらすとその先に真新しい黒のスニーカーがあった。
「あっ! これ?」視線を店員の顔に向けた。
「あっ、この前のお客さんだ……」
店員もコナの顔を見て気がついていた。
「履き心地はいかがですか?」コナから声を掛けた。
「はい、足が軽く仕事に最高っす」
「そうですか良かった。 またおこし下さい。 お待ちしております」。
三人は乾杯したわいない話で時が過ぎた。 そのままカラオケ店へと向かった。三人が別れたのは十時頃だった。 コナは友人のアクビがやってるスタンドバーにひとりで寄ることにした。
「アクビ元気してた?」
「コナいらっしゃい。 聞いたわよ。 トンネルの事故と狸の話」
「アクビも知ってるの? 今思うと不思議な話よね、びっくりだわよ」
二人が話し始めて間もなく一人の男が入ってきた。
「あらっ上野さんいらっしゃい。 お久しぶり」
そこに立っていたのは味処番屋の青年だった。
二人は同時に「あっ!」
アクビが「なに? どうして…… 二人は知り合いなの……?」
その様子を観ていたマーヤは『ハイ! 予定通り…… お幸せに!』
やがて二人は結ばれ、子供を授かり五人の孫にも恵まれた平和な人生を過した。 月日は流れご主人は他界し、コナも八十歳を過ぎ、人生の旅立ちの準備を無意識に始めていた。 ガイドのマーヤの世界からすると一瞬の早さであった。 その後、他界したコナを一番先に出迎えた別世界の住人はマーヤだった。
『コナお疲れ様。 今回の生でのガイド役のマーヤ。 お久しぶり』
コナにとってマーヤはかけがえのない存在だった。
ここは渋谷。 広域暴力団の水信会に属するトマリ連合の若頭カズトミ、五十五歳。 通称念仏のカズ。 カズトミの兄やんが「念仏」を唱えたら敵味方関係なくその場から逃げろとまで恐れられた存在だった。
カズトミのガイドはダイスケという存在。
今日もカズトミはよその組と縄張り争いの抗争に出向いていた。 敵対する組の若い者に、ドスで腹をひと突きされ意識不明の重体に陥っていた。 病院のベッドに横たわったカズトミはだんだんと意識が遠のき、気が付いたら意識が病室の天井近くにあり、下には血だらけの自分がそこねていた。
「なんだ……? どうなってんだ?」
『あなたは死のうとしている』 カズトミは驚いてそちら意識をやった。
「なんだてめえは……?」 目に入ったのは懐かしい感じがするけど知らない存在。
『私はダイスケ。 あなたがこの世に来てからずーっと見守ってきた。 あなたとは昔からの知り合い。 今の抗争でピストルで撃たれ肉体は死のうとしてる。 私はあなたを復活させる事が出来る。 但し条件付きで……』
「何じゃい、それは……? なめんじゃねえぜ。 まったくよう」
『そうですか、じゃあ好きにしていいです。 強制はできません』
「ちなみにどういう条件だ?」
『まず組を解散。 あなたは通訳者として余生を生きて下さい』
「通訳? バカいえ、俺は自慢じゃねえが日本語以外話せねえよ」
『違います。 あなたは今、私と会話してるように、話し相手のガイドの言葉を伝えればいい』
「俺、霊能者じゃねえよ」
『いえ、あなたは小学校まで能力はあった。 中学に入った頃、その能力を批難された事が切っ掛けで、その能力を自ら封印した。 たった一言の事で。 それからは全く聞こうとしないから自然と聞こえなくなった』
カズトミは四十年程前の事を思い出した。 そして自分が何故この世に生を受けたのかを少し思い出した。
「あっ、そうだった! 俺は通訳者として生まれたんだった……」
次の瞬間、病室のカズトミの心臓が鼓動し始めた。 看護師が走り、医者は急いで処置をした。
刑を終え、カズトミは組を解散し、しばらくは四国の田舎に籠もり、六十歳を迎えた日、全く自分と縁のない仙台市で路上に簡単なイスとテーブルを出して座った。 テーブルの張り紙には[あなたのガイドの通訳いたします] と書いてあった。
カズトミはすぐに有名になったが偉ぶる事も高ぶる事もせず、残りの人生を通訳者として貫いた。 生涯TVやマスコミの出演を拒否し、不世出の通訳者として一生を貫いた。
通訳で得たお金はすべて孤児院に寄付した。 カズトミは一月の寒い朝に誰にも看取られず亡くなった。 所持していた物は、ポケットの中の現金三千円と母親の写真一枚だけだった。
END