Pino(短編小説)
四「拳 聖」


時代は平成。 京都は大原の三千院近くに居を構える武道家、松岡拳美の物語。 彼は幼い頃から格闘技が大好きな少年。 

元武道家の祖父に強い影響を受け少年期を過した。 青年期になってからも柔道・剣道・空手と休む間もなく道場通いの青年期を過した。 地元の高校を卒業した拳美は武道を極めたいと思い、日本を武道修行の旅に出ることを決心した。 拳美十九歳の春だった。

始めに最初に門をくぐったのが柔術で、世界的にも名の知れた流派。 その道場には世界各国から多くの門弟が訪れ修行に励んでいた。 拳美が入門して半年が過ぎた頃には、天性の才を持った拳美に試合を挑む者が無く、いつも指導する立場ばかりで退屈の日々が続いた。 そんなある日、道場に元オリンピック柔道銀メダリストの丸山四段が遊びに来た。 

道場師範が門弟を集めて言った「今日は、丸山四段がお前達に修行を付けてくれる。 この機会だから聞きたい事があったらどんどん質問するように!」

小一時間練習し丸山の体が温まった頃、門弟の多田が「拳美、お前乱取りしてみろよ」拳美はそのつもりだったので多田が言い終わる前に手を上げていた。 

師範も待っていたかの様に拳美を指名した。
 
師範が「丸山さん、こいつはまだ白帯ですが稽古をお願いします」丸山は快諾した。 道場の門弟は拳美の強さがどこまで丸山に通用するかワクワクした。

二人は向かい合った「始め!」主審が手を上げた。  

拳美は直感した。 この人はすごい。 オリンピック選手はなにかが違うと実感した。 道着を掴み合った瞬間、とてつもない重圧を拳美は感じていた。
 
端から見ると丸山は余裕の笑みさえ感じられた。 拳美が先行をしかけた。 右払い足だ、丸山はびくともしない。 丸山は余裕からか拳美の次の技を待っていた。 拳美は背負い投げを仕掛けた。

簡単にはじかれた。

次の瞬間、丸山がこれが背負い投げだ! と襲いかかってきた。 一瞬、拳美は気が遠のいてしまった。

「一本!」

主審の手が拳美の方を指し示していた。 拳美は呆然としていたが、他の門弟は大はしゃぎだった。 二人は定位置に戻りお辞儀をした。 

丸山が近寄って来た「やあ~まいったな~白帯に負けちゃったよ」

二人は握手をした。

全く投げた実感が無いまま勝った拳美は「あのう、すみません。 もう一番お願い出来ませんか?」 

丸山は快諾した。 門弟達はあの馬鹿調子に乗って、あれで辞めておけばいいのに……

「始め!」

丸山の形相が先程とはまるで違い、オリンピックの時のその顔だった。 丸山も敗因が解らなかったので気が締まった。 また拳美の方から仕掛けたが簡単に返された、力の差は誰の目にも歴然としていた。

そのまま小康状態が続き終盤に近づくと丸山が仕掛けた。 大外刈りに出た瞬間拳美の気がまた遠のいた。 次の瞬間、丸山は畳に受け身を取っていた。 拳美はツバメ返しをしかけていた。 

「一本!それまで」 道場はまた湧いた。

双方、握手をして別れ、丸山は道場を後にした。 その日拳美は家に帰ってから今日の試合を振り返った。 

「僕は実力で勝ったと思えない。 気が遠のいた瞬間たまたま勝っただけなのに……」

翌日、師範からこの道場専業でやらないかと言われたが、拳美は丁重に断り道場を辞めた。 


次は喧嘩空手と異名をとる道場の門を叩いた。 そこでも半年足らずの水色帯の拳美は、この道五年の黒帯相手に組み手をしていた。

道場主が「拳美、そろそろ大会に参加してみないか?」と指名された。 

拳美は出場する事になり、準備は進み大会の日となった。 拳美は勝ち進んだ。京都代表となり全日本大会は大阪での開催となった。 

大会は決勝まで勝ち進み、拳美は水色帯でここまで勝ち進んだ。 大会史上初の事で会場はざわついていた。 決勝は横木三段との対決。 開始直後、横木が上段回し蹴りを放った。 瞬間、拳美は後ろに立っていた。 観客はその動きが全く見えずにいた。

それが数度繰り返された時、対戦相手の横木の足と手が震えてきた。 横木は戦意喪失状態にあった。 拳美も自分の不可思議な異変に気が付いたのか、これ以上はもう戦いたくない。 結果は判定で拳美の優勝となり世間に名が広がった。 しかしそういうことは拳美の意志と反し、世の中が勝手に騒ぐことを嫌らった拳美は、世界大会を辞退し空手の世界を後にした。
 
ある日、拳美は不思議な夢を観た。 植芝という武道界では有名な人物が枕元に立ち「創武館」と白い文字の書を拳美に渡したところで目がさめた。 

起きてからも拳美は気になっていた。 その夢から五日後、拳美は本屋で立ち読みしていてたまたま開いたページに創武館の文字があった。 

次に向かったのが剛柔一体をうたい文句の創武館という道場。 その道場は十年の歴史しか無く支部等も無くそこだけの練習道場。 今までの道場と違い、とても武道場とは縁遠い感がする道場だった。 まるで武道好きの青年が趣味で建てたくらいの、自宅裏の大きめの物置小屋という感じのする道場。  

拳美は道場に入った「ごめんください」

中には[合一]と書いた掛け軸だけが貼ってある。 

「ハイ! いらっしゃいませ」

「あのう見学させて頂きたいのですが……」

「どうぞ、靴下を脱いでお上がり下さい」

拳美は道場に通された。 道場生はみな思い思いの柔軟体操をしていた。 突然大太鼓の大きな音がして全員整列した。 初めに、年の頃なら七十歳くらいの白髭の仙人っぽい風格の老人が上段に向かってなにやら祝詞の様なものを唱えていた。 全員、後に続いた。 その老人が振り返り最初に始めたのが両手を上げゆらゆらと身体をくねらした。 クラゲダンスのような感じだった。 

次に始まったのが独特の呼吸方法で、音を立てて鼻から大きく吸い込み、次に息を止め身体全体に気をため込み最後は口からゆっくりと吐き出していた。 
その間1分程だった。 拳美はじっと見入っていたがやがてその老人が得体の知れないものに包まれているのが見えた。 それは白いモヤモヤとした煙のような後光のような不思議な光景だった。
 
ひととおり終わったところで小休止をはさみ、突き蹴りの練習の様な格好ではあるが、まるで遅くたぶんハエや蚊が止まるぐらいのスピードだった。 

拳美は思わず「ぷっ……」吹いてしまった。

その老人が拳美の方に近寄ってきた。

「お兄さん、見たところ色々と経験が豊富な様じゃが、一緒に稽古せんか? 道着貸すよ」

拳美は了承し着替えた。

「まず君が吹いた正拳突きだが、理論は後で話すとして、とにかく気と呼吸の調和を図ること。 それが出来ると相手との差が無くなり、戦う前から相手を制する事が可能になる」

拳美は「いきなり精神論か? 俺は武道を見に来たんだけど……」

老人は「そうか。 君の場合、一度道場の若いのと乱取りでもした方が理解が早いかな? 誰でもいいから君がこの中から相手を指名してごらん」

拳美は思った俺は全日本選手を二人倒したから人間だから本気出せないよな……

躊躇しながらも「あなた宜しいですか?」指名したのは先頭にいたガタイのいい青年。

「顔面突きだけ禁止以上。 始め!」

拳美は間合いを取りつつ攻め寄った。上段突きを放った瞬間、その青年は拳美の後方にスッと立っていた。 瞬間、拳美は身体をひるがえし下段蹴りを放ったが相手はもうそこにはいない。 後ろに殺気を感じ振り返ったそのせつな青年の正拳が拳美の顔面の前で止まった。

「一本! やめ!」

完璧に拳美の負けであった。 老人が笑みを浮かべ近寄って来た。

「どうですか? うちのも結構やるもんでしょ」

老人は透き通るような目をしていた。 拳美はうなだれて道場をあとにした。 数日後、拳美は創武館前の掃除をしていた。 

老人が「創武館はただの強さを競う道場でない。
 
人間はどんなに強くみえても自然には絶対かなわない。 

だったらその自然に学べば自ずと自然と一体になれる。 

同時に自分を知り相手も知る事が出来る。 

相手と一体になればおのずと相手を知る。

相手を知れば自然と戦いは無くなる。 

つまり絶対平和が達成出来る。

それを形にしたのが、君が笑ったこの踊りのような動きです」 

拳美は聞き入った。 

「君も過去に二度ほど経験してるね」拳美はハッとした。

あの不思議体験を思い出した。

「もの解りがいい青年だ。 私はこの創武館を創った佐藤稔七十二歳。
宜しくお願い致します。 松岡拳美さん」

拳美が入門を許されて八年目に佐藤稔創始者はこの世を去り、遺言で拳美が創武館の二代目を継ぐこととなった。

拳美はその後なおも修練を重ね百年に一人の武道の天才と呼ばれ、
世界七十二ヶ国、 十万人以上の門弟の頂点に君臨した。

人は、どの格闘技流派が
    一番強いかと論争するが
        それは愚問である
問題は誰が何をやるか 
   人の価値で格闘技や流派の
        価値が決定する 拳美

 END
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