恋は、秘密主義につき。
その後は、夏休みの思い出話から、お互いの学生の頃の話、ホテルや観光事業を展開する国内屈指の楠田レーベンリゾートに、コネを使わず彼は自力入社したことなども聞いた。

「チャンスがあれば、人脈を活かしてレーベンパートナー本社勤務を目指すつもりだよ」

私の反応を探るように、わざと不敵に言ってみせた彼。
それを野心と呼ぶか向上心と見るかは、この目の映し方次第なんでしょう。



そろそろ出よう、と飲み終わったカップを乗せたトレイを片手に、立ち上がった征士君に私も続く。

施設内への入り口に向かって歩き出した途中、お母さんの隣りで覚束なく歩く3歳くらいの女の子が、私達の前で何かに躓きあっという間に転んでしまった。

「レイちゃん、これ持って!」

私が、あっと思って駆け寄ろうとしたのと同時に征士君が、咄嗟にトレイこっちに突き出す。
慌てて受け取ると、同じようにトレイを持っていたお母さんの代わりに、女の子を抱き起こしてあげていた。

「えらいね。泣かないで」

屈んで優しく洋服に付いた汚れを払い、にっこり微笑みかければ、半べそだった女の子も小さく頷き返している。
お母さんにも何度も丁寧に頭を下げられ、可愛いお手々でバイバイされた時には私も、ほのぼのと温かい気持ちでいっぱいになった。

「行こうか」

何でもなかったように、またトレイを引き取って歩き出した征士君。
見知らない他人でも自然に手を差し伸べられる人。人間として敬える人。
心に響くものはあった。

10年も会っていなければ、初対面と変わらない。
だから彼の素顔をもう少し・・・、知ってみたいです。

隣りに並びながら、そんなことを思う私だった。




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