恋は、秘密主義につき。
それでも、『信じるな』とは言わなかった佐瀬さんは。ちゃんと誰かを信じられる人で。ちゃんと持っている人。・・・何も捨ててはいない人。
ふと思いました。

いつも気怠そうに、どこかに何かを置いてきたようにも見えていて。
人にはいろいろあって面倒臭がってそうしてきたのかと、思わなくもなかった。

でも分かった気がします。
彼は、箱に仕舞い込んで見せないようにしているだけじゃないかって。
普段は見つからない違う場所に鋭い爪と牙も沈めて。蓋をして。

本当の貴方は。だからきっと、“ここ”にはいない。


確かめるように。佐瀬さんの横顔をじっと見つめた。
二枚目半くらいの端正な顔立ち。
後ろに流している髪はうねって、寝ぐせなのかクセ毛なのかも。
でも顎髭は無精ではないみたいで。

億劫そうで溜め息が多いところ。
素っ気なくて、あまり笑ってくれないところ。
兄さまみたいに分かりやすく優しくなくても、人を思いやれるところ。

私が知るたったそれだけの彼。
なのにどうしてって訊かれても、答えられもしないのに。

愁兄さまへの気持ちとも征士君への気持ちとも違う、震えたくなるくらい心細くて、不安で、切なくて痛くて、どうしようもなく求めてしまう、こんなにも自分勝手な気持ちで。

初めて自分から、好きになっていました。

初めて、自分で手を伸ばして近付きたいと。焦がれて。

止めてしまったら後悔すると思いました。

先のことはもう、どうなってでも・・・!




「・・・・・・佐瀬さん」

私の声にゆっくり傾けられた眼差し。
目が合い、心臓を何かが突き抜けた。
深いところまで一息に。その衝動で、想いが喉元から弾け出る。

「私。佐瀬さんが」

「・・・オレはやめとけ」


低いハスキーな声が。耳の奥に重く、・・・引き千切れそうなほど重たく。
たわんで。残響していました。


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