恋は、秘密主義につき。
誤解すンな、と僅かに目を細めた佐瀬さんはひとつ息を吐き、続けた。

「・・・無かったコトにしろって意味じゃない。そこまでオレも腐っちゃいねーよ。ただな。・・・お嬢ちゃんの相手が極道クズレだって知れたトコで、親やじーさんがどーするかぐらいは、ガキでも分かンだろ」

それは。
容易に想像がつくことでした。

「ヒマなゴシップ屋に嗅ぎつけられでもすりゃ、なおさら厄介じゃ済まなくなる。お嬢ちゃんがどう思ってようが、柵(しがらみ)ってのはそーいうモンだ」



お祖父さまや楠田グループの行く末を、私一人の感情で黒く塗り潰すなんて真似ができるはずもありません。
佐瀬さんが言っていることは正論で継ぐ言葉もなく。唇をきゅっと引き結んだ。

思えば愁兄さまは最初から、必要以上に近付かないように優しく釘を刺していました。
正直な気持ちを打ち明けても、私を何より大事に思ってくれる兄さまだからこそ。きっとすぐに彼を引き離してしまうでしょう。
忘れなさいと優しく抱き締めて、泣かせて。これまでもそうしてくれたように。

兄さまが居てくれれば傷も癒えて、引き千切れた心は元に戻るんでしょうか。
誰かを、・・・征士君を想えるんでしょうか。

もう貴方の熱を憶えてしまったのに。
躰中に刻まれたものを、消してしまえるわけがないのに。

こんなにも好きで。
今だって本当は帰りたくなくて、もっとずっと腕の中にいたくてしかたがないのに・・・っっ。


初めて。兄さまでも叶わないことがあるのだと。知った。
佐瀬さんだけが叶えられるのだと、思い知った。


他に守る方法がないのなら。引き換えにしても、失わずに済むのなら。
私の恋は知られてはいけない。

トートバッグを持つ指に、知らず力が籠もった。

「・・・・・・誰にも言いません」

俯かせた視線を上げて、真っ直ぐに佐瀬さんの目を見た。

「言える日が来るまでは」

そう言い切った刹那。見張った目を微かに歪めた貴方。
乾ききっていない髪をくしゃりと掻き上げ、空(くう)を仰ぐように大きく肩で息を吐く。

「・・・そうかい」

少し。・・・笑ったようにも見えた。
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