恋は、秘密主義につき。
洗面台を借り、手早くお化粧直しをしてリビングに戻ると、キッチンの換気扇の下で佐瀬さんは煙草をくゆらせていました。

モーター音が静かに響き、愛用の銘柄の匂いが薄く漂う。
私の前ではあまり吸わないように遠慮してくれていても、いつの間にか鼻は『いつもの』だと記憶してしまったよう。

「行くか?」

濁った吐息を長く逃し、コンロ台に置いていた灰皿で火を揉み消して吸殻を放り込む。
私は。佐瀬さんがそこから動こうとする前に、真正面から飛び込んで躰を摺り寄せた。

「・・・どした」

気怠く訊き返しながらも、抱き留めて、胸元に顔を埋める私の髪を馴染んだ温もりで撫でてくれる貴方。

明日。征士君と会うことは伝えてあって。
これは自分の問題で、佐瀬さんに何かを求めるのは違うと分かっています。
ただ。
でも・・・!

「・・・・・・日曜日に、会いに来てもいいですか・・・?」

せめぎ合う思いを必死に圧し込め、佐瀬さんのシャツをぎゅっと握り締めながら、小さくそれだけを言葉にした。

佐瀬さんは、すぐには答えてくれませんでした。
黙って髪を撫で続け、ふっと息が漏れたあと。頭の天辺に熱を感じてキスをされたのだと分かった。
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