恋は、秘密主義につき。
佐瀬さんのアパートから、車だとほんの数分。歩いても10分とかからない距離。
闇にしんと静まり返った住宅街の中を一筋のヘッドライトがすり抜けていき、あっという間に私の家に到着しました。

ハイブリッドでエンジン音もそれほど響かない車は門扉の前で停車し、ライトもスモールに切り替わる。

「・・・送っていただいて、ありがとうございました」

胸の中は言葉にならない、たわんだ思いが行き場に迷っていたけれど。
笑顔を作って佐瀬さんにお礼だけを口にした。

いつもと変わらずに、運転席から黙って私の頭をぽんぽんと撫でる貴方と目が合った。
喉元まで何かが出かかったのを、小さく飲み下す。
きっと泣きそうな顔をしているだろう自分をこれ以上見せれば、また困らせてしまうだけ。

バッグの持ち手をぎゅっと握り、「おやすみなさい」をしっかりと言ってドアロックに手をかけた。

「お嬢ちゃん」

抑揚のない声に、どくんと心臓が波打つ。
振り返れば、感情の見えない闇色の眼差しが私をじっと捉えていました。

「あンまりオレを買い被るな。・・・保科と違ってロクでもねーぞ」

手を伸ばせばすぐに届く。触れられる。抱き締めて距離をゼロにだって出来るのに。
貴方は一線を引き直す。

立ち止まらせたいのか。
超えさせたいのか。

何度でも試すみたいに。
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