恋は、秘密主義につき。
シネマ館までやってきて、征士君がオンライン予約でのチケット発行手続きを済ませてくれる。
ロビーには上映を待つ老若男女が、予告編を流す大きなモニターに見入っていたり、グッズ売り場を覗いていたり。

売店のカウンター前も列が出来ていて、２人で並んだ。
上映中は冷房が効いて肌寒くなることが多いので、私はホットティー、彼はコーラ。ポップコーンはキャラメル味のＭサイズを一つ。

入場時間にまだ間に合いそうだったので、彼に断りエントランスを出てすぐ右奥のお手洗いに向かう。
出る前にパウダールームの鏡で身だしなみをチェック。
眉に沿って斜めに流すように前髪を直し、髪留めがずれていないかも頭の後ろに回した指先の感覚で確かめた。
お化粧はベースメイクにマスカラとチークと口紅を足すだけ。一実ちゃんにも、それくらいで充分だと言われているので、着る服に合わせて色を選ぶくらい。

肩から滑り落ちる黒髪は一度も染めたことはなく、お祖父さまに召ばれるパーティなどで、大和撫子だと褒めてもらうこともある。
子供の頃は『お人形さんみたいに可愛らしい』と言われるのがとても嬉しかったけれど。
大人になるにつれ、可愛らしく飾られているだけでいいという意味なのかと、寂しく思う場面がなかったわけでもない。

征士君にとっても私は。
ガラスケースの中に大事にしまった思い出の延長線上に、彼が思い描いているもので。
今でも“お姫さま”のままなのかもしれません。

鏡に映る自分からそっと目を伏せて逸らすと。小さく息を逃して、バッグを手にお手洗いを後にした。
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