恋は、秘密主義につき。
女性用の隣りにはベビールームも完備されている少し長めの通路を、エントランスの方へ戻りかけた刹那。
いきなりバッグを持っていない方の腕が後ろに強く引っ張られ、エッと思った時には躰が回転して思い切り顔から何かに追突していました。

背中に回った逞しい腕が私を拘束し、一切の抵抗を許してはくれない。
驚きすぎて本当に心臓が止まってしまったら、どうするつもりでしょう。

すき間もないくらいに埋もれて布地越しに感じる体温。いつもの煙草の匂いと、仄かな甘味のある香り。
ここがどこだとか、通路の出口の先には征士君が待っていることだとか。それも全部、一瞬で消え去ってしまう。

「佐瀬さん・・・」

口から零れる愛しい人の名前。
安心したのと嬉しいのとで、泣きそうになっていました。
貴方はいつも、私の気持ちにお構いなしなんですから・・・・・・。

素っ気なく突き放すかと思えば、こんな風に腕の中に閉じ込めて。まるで『行かせない』とでも言うように。

行くな、とは決して言ってくれないのに。
本当にずるい大人です、・・・あなたは。
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