恋は、秘密主義につき。
「・・・・・・加減なんざ、出来ねーぞ?」

うんざりした溜め息が漏れたのと同時に。二の腕あたりを掴まれて、躰がソファからいきなり浮き上がった。

「あの・・・っ?」

そのまま佐瀬さんが出てきたドアの内側に引っ張って来られると、洗面台やドラム式の洗濯機が目に入り、あっという間に服を脱がされて一番奥のバスルームに一人で押し込まれていました。

「違う男の匂いをきっちり落としとけ」

半ば呆然と立ち尽くす私に、閉め切られたアクリル扉の向こう側から聴こえた素っ気ない声。
肩から滑り落ちた髪を少しだけ指でつまみ、おずおずと鼻先に近付けてみます。

「・・・・・・・・・?」

佐瀬さんが言うのならそうなんだろうと、そこにあるものを借り。いつもと違う香りに包まれながら、上から下まで丁寧に洗い流したのでした・・・。




バスルームを出ると、足許の床にバスケットが置いてあって。
見れば、大雑把に畳んだバスタオルと男性サイズの白いTシャツの他に、コンビニのレジ袋が一つ。中身は女性用のお泊りセットと歯ブラシ、ストッキングに下着まで。
途中で寄ったコンビニで買ったわけじゃないので、シャワーを浴びている間に佐瀬さんが・・・?
申し訳なさが沸き上がった反面。こういうことも慣れているんだろうと、複雑な心境になってしまう。

兄さまみたいに分かりやすい美形ではないですけど、端正な顔立ちに時折り覗かせる妖しい色気のようなものは私でも感じます。
面倒で自分から口説いたりはしなくても言い寄ってくる女の人はきっと、数えきれないほど。

洗面台の前で、当たり前のように置かれていたドライヤーで髪を乾かしながら壁がけの鏡に写る自分は。それこそ、苦虫を噛み潰したような顔をしていました。


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