恋は、秘密主義につき。
ベージュブラウン色の軽やかなグラデーションボブヘアが、着物にもよく似合っている千里さん。佐瀬さんは『あねさん』と呼んでいたので、おそらく極道さんだった時の上司の妻。つまり組長さんの奥さま、・・・でしょうか。

口ぶりからしても、きちんとした信頼で結ばれていて、二人がとても近しい間柄なのは一目瞭然です。上下関係が厳しい世界だと聞いた気がしますし、佐瀬さんは上の立場にいた人なのかもしれません。

千里さんに会わせてくれたのは。私なりに貴方という人を、過去を。紐解いていいということですか・・・?


「美玲ちゃんはイケる口かしら?」

カウンター越しに彼女からお酒は嗜むかを問われて、遠慮がちに首を横に振る。

「普段は甘いカクテルくらいしか・・・」

「それなら日本酒のシャンパンはいかが? とても飲みやすいのよ」

そう言って、冷えたシャンパングラスが目の前に置かれました。

細かな気泡が小さく弾け、爽やかそうな見た目は炭酸水と変わりません。
何気なく佐瀬さんを見やると、こっちに流れた切れ長の目が『飲んでみな』と促しているような。
ステムに手を伸ばし、傾けて一口。自分が知っていた日本酒の風味とは別もので、しかもフルーティだったことに驚きました。

「初めて飲みましたけど、すごく美味しいです・・・!」

「口に合って良かったわ。また用意しておくから、いつでもいらっしゃい」

「はい・・・っ。ありがとうございます」

この場所は紛れもなく、佐瀬さんの過去につながる『領域』。
本来、私が立ち入れる場所じゃないと思うのに。特別な通行許可証を渡されたみたいで目が潤みそうになったのを、満面の笑みで誤魔化した私です。
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