恋は、秘密主義につき。
山芋とじゃこの梅酢和えや、玉コンニャクのピリ辛炒め。目の前に並んだ家庭的なおつまみに箸をつけながら。千里さんと私の他愛もない会話に、佐瀬さんが少し億劫そうに相槌を打ったり、私の頭の上に掌を置いたり。

彼女は、私の素性や、佐瀬さんとの経緯(いきさつ)を詮索することはしませんでした。

「美玲ちゃんはOLさんかしら?」
「お友達とはどんなところに遊びに行くの?」
「海外旅行はどこか行ったことある?」

美容室で美容師さんとするような当たり障りない話題。
私も。千里さんと佐瀬さんの繋がりに触れるつもりはなく、話の流れで知ったのは、このお店を始めたのが3年くらい前だったこと。ウチのひと、と愛おしそうに彼女が呼んだその人はもう亡くなっていること。・・・佐瀬さんの横顔に落ちた、一瞬の翳(かげ)。



常連さんらしい男性が一人、姿を見せたのを頃合いにお暇すると、千里さんはそのお客さんに断りを言って、わざわざ外まで見送りに出てくれました。

「こう見えても佐瀬は情に深い男だから。美玲ちゃんも、それだけは信じてやってちょうだい」

「・・・それだけ、って」

私に向かって涼しい顔で笑いかけた千里さんに、佐瀬さんが参ったように溜め息を吐く。

「ウチの“バカ息子”を宜しく頼むわね。悪さした時は遠慮なく愛想尽かして、燃えるゴミと一緒に棄てちゃっていいわ」

「いえ・・・っ、そんな。佐瀬さんを捨てるなんて、ないです」
 
ぷるぷると首を振り、言い切ってから視線を俯かせた。
肩掛けバッグのショルダーを握る指に知らず力が籠る。

「私の方こそ、佐瀬さんに嫌な思いをさせてしまうかもしれないんです。・・・どうしても避けられないことがあって、でも私は佐瀬さんといたいので・・・!」
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