恋は、秘密主義につき。
私の唇が描いた『佐瀬さん』という造形が、兄さまにどう見えてどう聴こえたのか。
綺麗に整った顔が愕然として固まったように見えました。
いつも柔らかに私を見つめてくれるその眸を見開き、言葉を失う。・・・こんな愁兄さまを目の当たりにしたのは、生まれて初めてだったと思います。

真顔で、考えを巡らせるみたいにしばらく瞑目したあと。
小さく息を吐いた気配がして、憂いを帯びた表情のままもう一度私と目を合わせた兄さま。

「・・・・・・それは間違いなく美玲の意思なんだね?」

低く抑えた声からは、その感情を読み取ることはできません。

「これからの自分の人生をすべて捧げてもいいと思うくらい、佐瀬を愛しているの?」

「はい」

躊躇いもなく、はっきりと答えた私。
兄さまの眼差しがわずかに歪んだ。

「・・・美玲は、佐瀬のことをどのくらい知っているの」

見とれるほどの美貌からは笑みが消えたままで。

「今までどんな生き方をしてきたかは、聞かせてもらえたのかな」

音もなく私を捕らえた、しなやかな獣の四肢。
喉元には牙を突き付けられて。

もしも私が、過去すら教えてもらえない程度の存在だったなら。
この恋はこのまま優しく噛み殺されて、終わりを迎えたでしょう。

「・・・・・・背中を見せてくれた時に、極道さんだったと佐瀬さんが教えてくれました。千里さんていう女将さんにも会わせてくれて・・・。たぶん組長さんの奥さまで、佐瀬さんのことをよく解っている人です。・・・私はそれだけでも十分ですし、過去は過去です。今の佐瀬さんと、これからがあればいいって思います」

気持ちを言葉にしていくごとに、不思議と心が凪いでいく。
口許には自然と小さく笑みを乗せていました。
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