恋は、秘密主義につき。
「どーぞ?」

返事をしたのは一実ちゃん。愛らしくニッコリと微笑みかけて、私の右隣りの空いた席を勧めます。

「でも、なーんか営業の女子たちがこっち睨んでますけどぉ。いーんですかぁ?」

綺麗に弧を描いた目でこういう笑い方をする時は、『ブラック一実ちゃん』発動です。
征士君は言われた方をチラっと見やり、笑みながら彼女たちに軽く会釈をして腰掛けました。

「レイちゃんと一緒にお昼食べる機会なんて、そう無いしね。あとでフォローしておくから心配ないよ」

涼しそうな征士君に笑みを崩さないままの一実ちゃん。

征士君が声をかけてくれたのはこれで3回目です。前回は、私たちがほとんど食べ終わってしまった頃にたぁ君と4人で相席して。
話し方はいつもと変わらないのに、あの時の一実ちゃんの声は心なしか温度が低く感じました。
どうやら彼(彼女)の中では、私にしつこく付きまとう未練がましい元婚約者。・・・というレッテルがどうしても剥がれないようです。
征士君の名誉のためにも、そこはあらためて否定しておきましょう。
内心で小さく溜息を逃しつつ、自然に隣りに微笑みかけた私。

「今日はずっと内勤なんですか?」

「ん。2時からシステムのオペレーション会議があるんだ。その準備で動けなかったよ」

ランチボックスの蓋を開けて箸を持ち、お行儀良く手を合わせた征士君。

システム会議と聞いて、にわかに奥底がざわつきます。
初日からふーちゃんと征士君は、しっかり顔を合わせることになるでしょう。たぁ君が顔色を失くすわけです。
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