恋は、秘密主義につき。
「ジジィがアンタをどうにかするのなんて、アリを踏み潰すより簡単だって知ってんだろ。ミレイを浚ってく度胸もないクセに、手ェ出すだけ出して逃げられるとか思ってた? やってみなよ、数時間後にはサメの餌だけどね」

それが単なる脅しに聴こえなかったのは。冷酷な笑みに、わずかな温度も感じなかったから。

お祖父さまが本当にそこまでするなんて思っていません。けれど、それだけの権力(ちから)があるのは事実です。何より溺愛する孫娘のために行使することを厭わないでしょう。

「・・・どうなの? それとも答える気がないの?」

さっきまで私に突き付けていた見えない刃を、今度は後ろから、佐瀬さんに向かってふーちゃんは容赦なく突き立てる。

私は息を詰めて。
まるで断頭台の前に立ち、今にも裁きを待つ心境で。
佐瀬さんの答えを待った。

やがて、いつもと変わらない気怠そうな溜め息がひとつ漏れ。
髪を掻き上げる仕草のあと、少し間があって重そうに彼が口を開いた。

「言うだけなら、もっとカンタンだって知ってるか。・・・ガキは黙って見とけ、逃げも隠れもしねぇよ」

ずっと前方を見据えたまま、表情もよく見えない。声しか聞こえない。
だのに。
貴方が、私に全部をくれると言ってくれたあの意味をこんなにも噛みしめられる。

「佐瀬さん・・・・・・」

切なさと嬉しさで込み上げてくる熱い涙を、止められもしない。

顔を覆い、むせび泣く私を両腕で抱き締めたふーちゃんの気配からはもう、刺々しさは抜けていて。代わりに、少しひねくれた吐息をわざと聞こえよがしに。

「面白くないなぁ、元ヤクザならもっとクズかと思ってたのにさ。まぁせいぜい頑張りなよ、サメの餌になんないように」

「ふうちゃあん・・・」

そんなことを言わないでほしいと、鼻をすすった涙顔で訴えれば。つんとそっぽを向かれてしまいました。

「ぼくは鳴宮征士との結婚を潰せればいいだけ。佐瀬サンを助けてやる義理なんかないんだからね」

いつまで泣いてんの、と綺麗な顔で睨まれたかと思うと、優しく押し当てられる唇に涙の跡を拭われます。
それからふーちゃんは、しっかりとまた腕に私を抱き込み、佐瀬さんに挑戦的に言い放ちました。

「余裕ぶって足許すくわれたら笑えるねぇ。勝ち目がないのはアンタの方だって、忘れないでよ」 

「・・・そりゃどーも」

返ってきた気のない返事に、一瞬ムッとしたふーちゃんでしたけど。
知らない駐車場に勝手に乗り入れていた車を方向転換させ始めた佐瀬さんに、それ以上は何も追及しませんでした・・・。



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