恋は、秘密主義につき。
「ぶしつけにお声をかけて申し訳ありません。アリエスの代表を務めております、小笠原と申します。初めまして」

アリエス、と聞いてもすぐさま思い当たらずに、どちらのアリエスさん?と頭を捻った。

「・・・エステサロンだ」

上からぼそっと零れた佐瀬さんの声を耳が拾い、人気モデルを起用したテレビCMとようやく線が繋がる。
エステだけじゃなくアロママッサージやネイル、仕事帰りにも気軽に寄れるお手頃サロンで、確か一実ちゃんもよく通っていたような・・・。

「あ・・・はい。初めまして、楠田美玲と申します」

そのエステサロンの社長さんが、自分に挨拶に来る思惑に惑い。失礼にならない程度の笑顔を貼り付けて答えた。
招待されているということは関係先で、とりあえず無下にはできない。・・・という結論に至って。

「先ほどから人形のように可愛らしい方が目に入っていたんですが、楠田社長の姪御さんだと気付きませんでした。少しお話させていただいても、よろしいですか」

「少しでしたら・・・」

曖昧な笑みを濁して、内心で大きな溜め息を漏らす。
アテンダントという役割で接客に慣れたとはいえ、本来は人見知り。顔が強張らないよう懸命に口角を上げた。

分けた長めの前髪を両サイドに流し、モデルか俳優を気取った感じの、そこまで良くもないけれど悪くもない風貌のその人は。真っ白い歯を見せて紳士的に微笑む。

「単刀直入に申し上げますが、実は一目で美玲さんに惹かれてしまいまして。ぜひ今度、お食事でもご一緒していただけませんか」

物言いも柔らかく、決して押しつけがましい印象でもなかった。けれど。
薄い紙きれに科白が乗って、ひらひらと(くう)を舞っているみたいな。心に何も届いてこない響き。

こういう場に出ると、少なからず小笠原社長のような誘いを受けることもあるので、角が立たないようにお断りするのに気を遣います。

「ありがとうございます。兄にも相談して、ご縁があればぜひ・・・」

「ああ、保科氏にも、ぜひご挨拶をさせていただきたいですね。今日はお見かけしていませんが」

私もです。
思わず口から出そうになりました。

かと思えば、斜め後ろに立つ佐瀬さんに視線を流し、口許だけで笑いながら彼が言う。

「失礼ですが、そちらの方は美鈴さんとはどういった?」

誘うのが目的だったのか、情報収集が目的だったのかと質問を返したくなるような目まぐるしさです。
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