恋は、秘密主義につき。
佐瀬さん、と抑揚のないそんな声を初めて聴いた気がした。

「俺じゃなく、あなたを選んだ彼女の人生を台無しにするなら赦しませんよ」

間を、静電気が走ったみたいな空気が一瞬突き抜け。
無意識に小さく躰を竦ませた私を黙って引き寄せた佐瀬さんは、億劫そうに肩で息を吐く。

「・・・ったく。自己紹介もいらねーなんざ、ベンリな世の中になったモンだねぇ」

「隠せることの方が少ないのは、よくご存じでは?」

少しも動じることなく、征士君は淡々と答えた。

「あなたの素性を知って、どうこうするつもりはありません。レイちゃんに恨まれるのは真っ平なので」

「そりゃどーも・・・」

「地獄に落ちる時は一人でお願いします。連れて行かせませんから、絶対に」

そう言い切って私にだけ優しく微笑みかけると、堂々とした背中を向け、やがて通路の先に見えなくなった。
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