恋は、秘密主義につき。
佐瀬さんがここにいる時点で、きっともう決定事項なのでしょう。
愁兄さまのせっかくの心遣いを無下にはできないですし、私が断れば彼は無職のまま。お金が無ければもしかしたら住む家も無くなって、公園で寝泊まり・・・。

そんな薄情な真似は当然できるはずもなく。私は博愛精神に則ることに決めました。

「兄さまがそう言うなら私は構わないです。ふつつかですが、佐瀬さんもよろしくお願いします」

向かいの彼に笑顔を向けて、小さく頭を下げる。
佐瀬さんは一瞬、僅かに目を見張り。頭を掻いて、それから。「こっちこそ」と気が乗らない風で宙を仰いだ。

「それじゃ佐瀬、さっそく美玲は任せるよ。家まで送ってやってくれないか」

「ハァ?!」
「はいっ?!」

涼しい表情で突拍子もないことを言い出した兄さまに、私と彼の声が重なる。

「お互いにもう少し打ち解けないと、何かの時に上手く噛み合わないからね。美玲も人見知りを克服しておきなさい」

こういう時の兄さまは、ちょっと厳しい家庭教師(せんせい)に早変わり。
言葉に詰まって何も言えません。

「美玲に何かあったら、明日からマグロ漁船に乗ってもらうよ?、佐瀬」

スマートな身のこなしで伝票を手に立ちあがった兄さまを、私は置いていかれる子犬のごとく心細げに見上げていたことでしょう。

「・・・大丈夫だよ、美玲。僕の言うことは信じられるはずだね?」

伸ばされた掌が、もう一度やさしく髪を撫で。
やっと頷くと、兄さまは満足したように微笑んで行ってしまった。


ドアベルが軽やかに響いて、扉が閉まる音を背中で聴きながら。
えぇと、一体どうしましょう。
会ったばかりの、ほぼ知らない人と取り残されている現実に。途方に暮れる、恐らくは・・・二人。





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