恋は、秘密主義につき。
どことなく力が抜けて小さく息を吐き。はっと思い出した私は佐瀬さんを勢いよく振り返り、頭を下げた。

「あの、すみませんっ。ふーちゃんが色々と失礼なこと・・・!」

「あー・・・別に。それより帰るンなら、こっちだお嬢ちゃん」

「はい・・・っ」

踵を返して歩き出した彼を慌てて追いかける。

この駅は、乗り入れる路線が集中してとにかく人が多く。向かう方向も四方八方でぶつからないようにするのも大変なら、はぐれないようにくっ付いていくのも精一杯だ。
佐瀬さんはたぶん歩き慣れた自分の速度で歩いていて、でもリーチの差もあるし、最初は横を歩いていたのが次第に遅れがちになる。

彼との隙間を横切ろうとした、大学生くらいの男の子と不意にぶつかりそうになり、驚いて小さく声を上げた私。
雑多な音や声が反響している半地下の通路で、聞き分けられるはずもないと思ったのに。振り向いた佐瀬さんが無言で私を引き寄せ、肩を抱いてまた歩き始める。

私の背に回された腕の硬さは思っていたよりも筋肉質で、たくましそうな感触がしていた。肩を掴んでいる掌の大きさ、骨ばった指の力加減。
兄さまも、私の肩を抱いてエスコートしてくれる時がある。でも。もっと柔らかい感じで、ふわっとしていて。

男の人の腕の中って、こんなにも揺るぎなくて強いんだってことを。
初めて知った。

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