そのままの君が好き〜その恋の行方〜
その日も、俺は取引先回りを終え、帰社する為に、ハンドルを握っていた。街中にクリスマスソングが溢れ、勝負の年末商戦がやって来ていた。


「今年は、いよいよ去年のI社だけでなく、O社、S社でもある程度、ウチが売場を確保できそうだ。後はお前達ラウンダ-の腕の見せ所だ。頼んだぞ。」


先日、久しぶりに顔を合わせた金澤さんにそう声を掛けられて、俺は気合が入っていた。井口にもゲキを飛ばし、取引先の担当者との打合せを密にしていた。老舗K社、L社の壁は厚い。油断してると、いつ足元をすくわれるか。本社サイドでいくら話が付いていても。安心なんて出来ない。


あれから、三嶋とも会っていない。アイツの方もプロジェクトが忙しいらしく、メ-ルや電話する機会もだいぶ減った。それでよかったのだと思う。


こうして仕事に邁進する日々を送っていた俺だけど、この日は、帰社した後、上司への状況報告と、遅れて帰って来た井口と状況の確認と明日の打ち合わせを済ますと、そそくさと会社を後にした。この日は久し振りに白鳥さんと会う約束をしていた。


特に何かあったわけではない。プロ野球のシ-ズンも終わり、やや時間に余裕の出来た先輩から、前から呑みに誘われていて、約束したのが今日だったのだ。


待ち合わせた居酒屋に行くと、先輩は既に1人で飲み始めていた。


「遅くなりました。」


「おぅ、お疲れ。」


グル-プLINEで、結構たわいのない会話も交わしている俺達だけど、会うのは正月にみんなで浅草に行って以来。サシで会うのは本当に久しぶりだ。


4月に生まれた長男の夜泣きが最近ひどくて、寝不足なんだと苦笑いしながら、先輩は待ち受けになっている家族4人での写真を見せてくれる。恐らくおじいちゃんかおばあちゃんに撮ってもらったであろうその写真に写ってる4人はホントに幸せそうに笑っていた。


「今日も本当なら、少しでも早く帰って、子供の面倒を見なきゃいけないんだが、お前と会うと言ったら、悠は沖田くんによろしくねって、快く送り出してくれた。あいつには頭が上がらないよ。」


なんて堂々と惚気てくれる先輩を見ていた俺の脳裏に、「良妻賢母」なる少々時代錯誤の言葉が浮かんで来た。なんか羨ましかった。


もちろん、そんな話ばかりをしていたわけではない。俺達が会えば、会話は自然と野球のことに。今年も大活躍だった1年先輩、つまり白鳥さんの同期生の話から、母校の近況。更には苦闘が続く俺の元女房役の塚原の話題に。今年も1軍出場がなかった塚原は、今年限りで解雇の噂すら流れる始末だったが、なんとかクビがつながり、来年はとうとうピッチャ-1本で勝負することになった。


「ツカはラストチャンスだな。岩武もわかっていて、仕事を辞めて、仙台に行くみたいな話もあったらしいが、ツカが断ったらしい。岩武の気持ちもわかるが、ツカの気持ちもわかるよな。」


「そうですね。岩武さん、仕事が大分面白くなってきたって、正月にも言ってましたし、塚原もその彼女の気持ちは知ってますから・・・。」


「そうだ、その岩武で思い出したが・・・お前聞いてるか?」


と先輩が、俺の顔を覗き込むと言い出した。
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