そのままの君が好き〜その恋の行方〜
そのあとは、運ばれて来る料理を楽しみながら、いろんな話をした。やっぱりお互いの仕事のことが、どうしてもメインになってしまうけど。


桜井さんの仕事は、やっぱり大変そうだった。「国会」とか「予算」とかいう言葉が、当たり前のように出てくるのを聞くと、正直、住む世界が違うよなぁと思ってしまう。


一方の俺の仕事の話も、桜井さんは熱心に耳を傾けてくれた。


「洗剤1個、ラップ1本売るのに、目の色を変えてる僕達と桜井さん達じゃ、やっぱり世界もスケールも全然違うよなぁ。」


俺が思わずそう言うと


「そんなことないよ!」


と、ちょっと語気強く否定されてしまった。少し気分を害したようだった。


そこからは、あまり会話も弾まなくなってしまい、デザートを食べ終えると、俺達はすぐに店を出た。


「沖田くん、お代を。」


桜井さんが、財布を出そうとするから


「いや、今日は僕に出させて。無理に誘っちゃったから。」


「そんなことないよ。とっても嬉しかったんだから。」


「なら、よかった。だったら余計、今日は僕に出させて。」


「・・・なら遠慮なく。沖田くん、ありがとう。ごちそうさまでした。」


そう言って、頭を下げる桜井さんに


「いえ、どういたしまして。」


と俺も笑顔で答えた。


そして、俺達は駅に向かって歩き出した。あとは帰るだけ・・・。でも、それでいいのか?


今日、俺はなんで、桜井さんを食事に誘ったのだろう?彼女に伝えたい事があったからじゃないのか?


それは何だったんだ?実は自分の中で、それがハッキリしてなかったことに、今更気付いた俺は、動揺していた。


2年前、桜井さんからコクられた時、俺は失恋の痛みが癒えてなく、また彼女のキャリア国家公務員という職業にビビって、お断りした。


しかし皮肉なことに、それ以来、俺の中で、彼女の存在が徐々に大きくなっていたことに、自分自身最近まで、気付いていなかった。


あのファミレスでの偶然の再会、白鳥さんの結婚式、そして今日。その間に、メールのやり取りもして来た。


その一方で、俺は唯を思い出にまだ出来てない自分にも、気付かされていた。


『なにやってるんですか。新しい恋をしなくちゃ、いつまでも先に進めないままですよ。』


三嶋の檄が、聞こえてくるようだった。


「女の恋愛はホルダー保存、男の恋愛は上書き保存。」


という言葉を聞いたことがあるけど、唯を忘れる為には、桜井さんで上書き保存しなくちゃいけないのか?でもそれってただ桜井さんを利用してるだけなんじゃ・・・。


もうすぐ、桜井さんの最寄り駅に着く。


「今日は本当にありがとう。楽しかったです。」


彼女の挨拶で、俺はハッと我に返った。


「こちらこそ、ありがとうございました。」


慌てて答える俺、そして沈黙・・・。電車がホームに着く。次の瞬間、俺は言っていた。


「また、連絡していい?」


「うん。」


その中途半端な言葉に、一瞬顔を曇らせたように見えた桜井さんだが、すぐに肯いてくれた。


「じゃ、おやすみなさい。」


そう言って、笑顔を残し、下車して行った桜井さん。しかし、彼女は明らかに失望の色を浮かべていた。


(何をやってるんだ、俺は・・・。)


そして、俺も自分自身に失望していた。
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