彼と私の1年間
   彼と私の一年間
  プロローグ
 彼は、喋れない。
 病気で声帯を取り除き、二度と喋ることは出来ないそうだ。
 彼は、病気だ。
 治らない病気にかかってしまった。声帯を取り除いたけれど進行は続いた。余命は一年らしい。
 『久しぶり。』
 彼は、会った時スケッチブックに文字を書いて、会話をしていた。ポロポロと涙が零れてとまらなかった。彼は眉を下げて私の頭を撫でた。どうして彼が、優しい彼が死んでしまうのか。私には理解できない。
 『あと、一年もあるよ。』
 なんでそんなにポジティブなの。悲しくないの。
 『泣き虫だね。』
 なんで、感情を押し殺すの。なんで、苦しそうに笑うの。
「ごめんなさい。」
 絞り出した声に、彼は笑わなくなって、ただただ苦しそうに眉を下げて、口をへの字にしていた。
 毎日毎日、彼の病室に通った。雨の日も風の日も。彼はいつも通り笑って出迎えてくれた。
 『嬉しい。』
 嘘だ。私がきて困ってる。最初から最後まで困らせてばっかりだ。彼は、そんなこと思って無いだろうけど。
 『また泣きそう。』
 そう見せられるとまた泣く。ポロポロポロポロとめどなく毎日泣く。これが、きっと私の罪滅ぼしだ。嫌だ。生きて。私に一生罪滅ぼしさせて。
     夏
 余命宣告された春が過ぎて夏になった。
 『暑いね。溶けそう。』
 彼は涼しい病室で笑った。声のでない笑い。私は、いつも彼がするように苦しそうに笑った。彼もそれを見て苦しそうだった。
 
 『あと、半年しか生きられないのか。』
 彼が吐いた、唯一の弱音だった。彼はすっかり私に心を開いていっぱい書いて見せてくれるようになった。それが嬉しくて私はやっぱり毎日来る。でも、これを見た時は辛かった。それを見て、
 『辛そう。大丈夫?』
 私は、ポーカーフェイスが得意じゃないらしい。
 
 『アイス美味しい。ここは涼しいけどね。』
 アイスを食べた彼は微笑んで私に見せた。少し幸せになった。喋ろうとしてやめた。彼が喋れないのに、私が喋れるもんか。そんな贅沢、できない。
 『夏は、好きだな。』
 こういうことを書くのも、夏が最後だった。
 
 『どうしたの?元気ないね』
 見抜かれた。とも思わなかった。不思議だった。首を傾げる。
 ーグワァンーグラッと視界が傾いた。暗くなって、記憶はない。
 数十分、気絶していたと言う。彼は心底心配した、という顔で私を見ていた。私は、不器用ながら笑いかけた。彼は、安心したようにふにゃっと笑った。
 
 『大丈夫?』
 次の日ずっと彼は私を心配し続けた。熱中症という前科を持った私は、病気の彼より心配された。少しこそばゆくって、ふふ、と笑いが出てしまった。彼も嬉しそうに笑った。
 『よかった。笑った。』
   秋
 『少し、肌寒いね。』
 暖かい病室で彼はこれを見せた。外には出られないはずなのに。彼は微笑んで
 『落ち葉、踏みたいな。』
 彼はまだ少年らしい。
 
 『読書の秋ってね。』
 彼は本を読んでいた。人間失格。暗い本だ。私は、本の主人公の彼女みたいに心中して私だけが死にたいと、ふと思った。
 
 『君は、まだ悔やんでる?』
 ドキ。胸が傷んだ。冷や汗が背中を伝う。彼は寂しそうに笑った。
 『喋れるかもしれないんだよ。今度の手術で。』
 ニコッと笑った。私は笑おうとしたけれど、上手く笑えただろうか。
 
 『寒くなってきたね。』
 どんぐりを窓辺に置いて、秋を感じさせている部屋で見せたのには、そう書いてあった。私はやっぱり笑った。
 
     冬
 『あ、雪。』
 ふふ、と笑って(そう見えた)
窓の外を見た。私が作ってあげた雪だるまが丁度見えた。
 
 『もうすぐ、面会謝絶なんだ。手術が始まっちゃうから。』
 少し寂しそうに、彼は見せた。私はそっか、と呟いた。
 
 面会謝絶がでた。辛い。
 
 『久しぶり。』
 彼は喉に包帯をぐるぐる巻いていた。少し違和感があって、面白かった。
 
 彼の容態が変化した。すぐに運ばれて、それからまた面会謝絶になった。
 そう言えば、彼が受けた余命宣告まであと、1ヶ月だ。
   春
 会えない。会えない会えない会えない。1ヶ月なんてすぐすぎる。あと、1週間。彼は私の前に姿を現した。私の家の前だった。
「なん、で」
「会いに来たの。最期に。」
 喋っていた。涙が零れた。
「最初から最期まで泣いてばっかり。」
 当たり前だ。
「僕は、こんな風になったこと後悔してないよ。」
 いいや。してる。否定しようとしたけど、声がでない。
「君を守れてよかった。」
「嘘嘘嘘嘘嘘!嘘つかないであなたは後悔してるの。私が代わりにそうなればよかったの!」
 彼の顔が曇った。
「違うよ。僕は君が好きだから好きな人を守れて幸せだよ。」
 !目を見開いた。彼は幸せそうに微笑んだ。そして、
「ありがとう。大好きだよ。ばいばい。」
 彼は姿を消した。その後、彼が天国へ昇ったと連絡があった。私が彼に会う、十分前だった。
 
 エピローグ
 私は今、彼のお墓に来ている。お墓をすーっと撫でて来た道を戻る。
 もう、罪滅ぼしは出来ないけど、せめてあなたのお墓に毎日来させて。いつもの様に。
 
「ありがとう。嬉しい。」
                  
                  終
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